2017年04月25日

かしこ


「かしこ」は,

あなかしこの略,

である。『広辞苑』には,

恐,
畏,
賢,

と当て,

おそれおおいこと,慎むべきこと,
巧妙であるさま,
賢明なこと,
手紙の末尾に覚悟,恐惶謹言などと同意,

とある。『日本語源広辞典』には,

「語源は,『カシコシ(畏シ)』で,おそれおおいの意です。」

とある。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/ka/kashiko.html

も,

「かしこは、形容詞『かしこい』の古語『かしこし』の 語幹から生じた語で、『かしこまる』とも同源。 現代用いられる『かしこい』は『利口だ』『頭 がいい』といった意味だが、『かしこし』は自然に宿ると信じられた精霊の霊威に対して『おそろしい』といった畏怖の念を表し、転じて『恐れ多い』という意味になった語。その語幹からできた『かしこ』は、『恐れ多く存じます』『恐れ慎む』の意を表す。中古には男女ともに用いたが、近世頃からは女性のみが用いるようになった。漢字表記は、『畏』『恐』『賢』」

とある。「あなかしこ」の項,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/422438741.html

で触れたように,

カシコは,畏(かしこ)しの語幹,

と説明される。意味は,

①ああ,畏れ多い,もったいない,
②呼びかけの語。恐れ入りますが。
③(下に禁止の語を伴って副詞的に)けっして,くれぐれも,ゆめゆめ。
④畏れ多いとの意で,手紙の末尾に用いる語。恐惶謹言。

といったところである。ただ,『古語辞典』では,細かいようだが,

ああ,恐ろしい,ああ,恐縮である,

ああ,畏れ多い,もったいない,

を区別している。「穴賢」と当てる,「賢い」は,もともと,

「畏(かしこ)し」の転義,

とあり(『広辞苑』),

恐ろしいほどの明察の力がある,
才知・思慮・分別などが際立っている,
(生き物のや事物の)性状,性能が優れている,
抜け目がない,巧妙である,
尊貴である,
(めぐりあわせが)望ましい状態である,
(連用形を副詞的に用いて)非常に,甚だしく,

といった意味に転じているが,元来は,

「海・山・坂・道・岩・風・雷等々,あらゆる自然の事物に精霊を認め,それらの霊威に対して感じる,古代日本人の身も心もすくむような畏怖の気持ちを言うのが原義。転じて畏怖すべき立場・能力わもった人・生き物や一般の現象も形容する。上代では,『ゆゆし』と併用されることが多いが,『ゆゆし』は物事に対するタブーと感じる気持ちを言う。」(『古語辞典』)

という背景がある,とされる。とすれば,

畏れ多い

畏怖

畏敬

が先で,そこから,

優れている,
際立つ,

となり,

ありがたい,

と転じていく,というのはよく分かる。『日本語の語源』には,

「カガム(屈む)は母韻交替[ao]をとげてコゴム(屈む)に,さらに母韻交替[ou]をとげてクグム(屈む)になった。(中略)
畏怖のあまり,貴人の前で自然に腰が折れ曲がることをコシカガム(腰屈む)といった。『ガ』を落としたコシカムは,語頭の母韻交替[oa],語中の母韻交替[ao]で,カシコム(畏む)になった。〈カシコミて仕へまつらむ〉(推古紀)は,『おそれおおいと思う』意であり,〈大君のみことカシコミ〉(万葉)は『謹んで承る』意である。
 さらに,カシコミアリ(畏み在り)は,ミア[m(i)a]の縮約でカシコマル(畏まる)になった。『恐れ敬う。慎む。きちんとすわる。慎んで命令を受ける』などの意であり,その連用形の名詞化がカシコマリ(畏まり)である。
 カシコム(畏む)の形容詞化が『恐れ多い。もったいない。高貴だ』の意のカシコシ(畏し)であり,その語幹がカシコ(恐・畏)である。
 身分に対する畏敬の念が才智に対するそれに転義してカシコシ(賢し)が成立した。」

と,自然への恐れ(の状態表現)から,貴人への畏れ(の状態表現)に転じ,その主体の感情表現が,客体に転化され,高貴となり,さらに,賢いと価値表現へと転化していったということになる。『古語辞典』は,「かしこし」に,

賢し,

畏し,

とを当て,

自然界の事物のの霊威に対して畏怖を感じる意,
畏怖・尊敬すべき立場や能力の人・生き物について言う,

と意味を大別する。そして,類義語「さとし」との違いを,

「サトシは,ものの覚えが早い意を主にいう」

とあるから,それへの「畏れ」はない。『日本語源大辞典』は,「かしこい(賢い・畏い)」について,

おそるべき霊力,威力のあるさま,
尊い者,権威ある者に対して,おそれ敬う気持ちを表す,
才能,知能,思慮,分別などのすぐれているさま,

と,意味転化の順に書いている。その語源も,

厳かだ,偉いの意のイカシの活用形イカシクからイが脱落したカシクから(語源辞典),
カシコ(神峻厳)の意(日本古語大辞典),
利口な者はかしこ爰へ速く心が行くところからカシコシ(彼知是知)の義(和句解・言元梯),
彼方知の義(桑家漢語抄),
カシコシ(神子)から,シは助詞(和語私臆鈔),
カシコ(日領所)の義(国語本義),
カシはカシラ(頭)・カシヅク(傳・頭付)のカシで頭の意。コは心グシ・眼グシなどのク(苦しい・切ない)の転か(古代日本語文法の成立の研究)

等々と,異説はいろいろあるが,『大言海』も,

「智者の畏き意」

としているが,

カシコミシキ(畏如)の義(名言通),
恐畏の意(槙の板屋)。

等々,

畏し,
畏む,

の転と考えるのが一番自然な意味の変化に見える。だから,今日も使われる,

かしこまりました,

は,

「畏まる(うずくまりすわる)の連用形+まし+た」

で,慎んで引き受ける意であるが,単なる謙譲語とはいえ,そこに相手への畏怖,とは言わないが,敬意がふくまれていることだけは間違いない。

なお「おそれ」については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/434584464.html

で触れた。

参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm

posted by Toshi at 04:52| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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