2017年04月28日

関の山


「関の山」は,

なしえる限度,精いっぱい,

という意味だ。

精一杯,

という意味は,それが,

限度,

という意味になるが,もう少し引いた視点から見れば,その状態表現は,

せいぜいそんなところ,

という価値表現に転ずる。たとえば,

「一日に一冊読むのが関の山だ」

という使い方をするが,そこには,

そんな程度,

という含意がある。『大言海』の,

それ以上なし能わざる程度,

であり,その主体表現は,客体表現に転ずれば,貶める含意をもつ。

略して,やま,

と,『大言海』にはある。「やま」については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/448386982.html

で触れたが,「やま」自体,

できることの上限をいう語。精一杯。関の山,

という意味があった。

『日本語源広辞典』には,

「三重県の,関の宿の,ヤマ(山車・だし)」

とある。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/se/sekinoyama.html

も,

「『関』は三重県の関町(2005年1月11日に市町合併し、現在は亀山市)、『山』は関東でいう『山車』のことである。 関町から八坂神社の祇園祭に出される山は大変立派なもの だったため、それ以上贅沢な山は作れないないだろうと思われ、精一杯の限度を『 関の山』というようになった。同じ説で、『関の山車』が短縮されたとする説もあるが、関西方面で『山車』は『山』や『だんじり』ということから、短縮されたとするのは間違いである。」

とする。ほとんどがそうで,

『日本語俗語辞典』

http://zokugo-dict.com/14se/sekinoyama.htm

は,

「関の山とは三重県関町(現亀山市)の八神神社の祭礼に使われる山(山車)のことである。この山が『これ以上贅沢はできない』と言われるほど立派なものであったことから、『これ以上は出来ない(だろう)』『それが精一杯(だろう)』と限界をいう言葉として使われるようになる。関の山は諦めや嫌味を含む言葉であり、限界までやったことへの労いや誉め言葉としては使う類いではない。」

『笑える国語辞典』

https://www.waraerujd.com/blank-92

は,

「関の山は、三重県関町の八坂神社の祇園祭に出る山車(だし)のこと。その山車が大きくて豪華で、それ以上のものはできないと思われたところから『関の山』という言葉が生まれたのだそうだ。…関町の祇園祭の山車も、現在でもそこそこ立派ではあるが、『その町内ではどう頑張ってもあれが精一杯』という皮肉な見方が、昔からあったのではないか(例えば、京都の祇園祭と比較するなどして)という疑念を抱かせるのに十分な言葉の使われ方ではある。」

あるいは,『由来・語源辞典』

http://yain.jp/i/%E9%96%A2%E3%81%AE%E5%B1%B1

「『関』とは、東海道五十三次の47番目の宿場町である、伊勢の『関宿(せきじゅく)』(三重県亀山市)で、山は祭りの山車のこと。ここの祭礼は江戸時代から続く伝統行事で、最盛期には16基もの山車があり、互いに競い合い、家々の軒先をかすめるよう巡行した。山車が勢揃いすれば狭い街道はそれだけで埋まってしまい、身動きもとれないほどであったことから、精いっぱいの意味で用いられるようになった。」

等々。「関の山車」とは,

http://bunkashisan.ne.jp/search/ViewContent.php?from=14&ContentID=55

によると,

「『関の山車』は東海道関宿に元禄年間から伝わる祭礼で、江戸後期には16基もの山車があり、横幕・見送幕・提灯を豪華に飾りつけて華美を競い合いました。山車の台車から上が回転する構造となっており、巡行時の辻々などで勢いよく回転させることが特徴の一つにあげられます。狭い宿内の家並みを山車が巡行する様から、『限度いっぱい』という意味の『関の山』の語源となったと伝えられています。」

等々とあり,あるときは褒め言葉であったり,逆に皮肉であったり,狭い所という現実的な意味であったりと,そのニュアンスは違うが,褒め言葉なら,祇園祭の山車を持ち出すまでもないし,山車の豪華さなら,飛騨高山の,からくり人形つきの屋台(と山車を呼ぶ)に比較にはなるまい。

洛中洛外図.jpg

(狩野永徳筆『洛中洛外図屏風』(国宝、米沢市上杉博物館)に描かれた祇園会の様子(右隻第三扇)。手前右は船鉾、左は岩戸山。以下手前から奥へ鶏鉾、白楽天山、函谷鉾。右上隅は蟷螂山(右)と四条傘鉾(左))

関の山車.jpg

(関の山車)


関の山車は,江戸期後期,高山祭のそれは,「16世紀後半から17世紀の発祥」とされている。

春の高山祭.jpg

(春の高山祭,屋台)

秋の高山祭.jpg

(秋の高山祭,屋台)


だから,関の公的説明では,山車の豪華さではなく,16基の山車が,

狭い宿内の家並みを山車が巡行する様,

の方に意味を転じている。どうもこういう説は,「関の山」という言葉が人口に膾炙して以降の説に思えてならない。なぜ固有名詞「関」でなくてはいけないのかの説明はつかないのである。まして,「山」が山車である必要はない。「山」自体に,

できることの上限,

という意があるのに,わざわざ,「山車」を持ってくる意味がわからない。家系図とおなじく眉唾と見て差し支えないと思う。

「せき(関)」は,

「塞(せ)きの義,或は云ふ,塞城(さへき)の約,往来を狭きに導く意」

と,『大言海』にある。『日本語源広辞典』も,

「セ(狭)+ク(動詞化)が,塞く,となり,その連用形がセキ」

とし,堰・咳も同源という。『日本語源大辞典』にある語源説も,

セキ(塞)の義(類聚名物考),
セキ(狭)を活用した語セキ(塞)から(箋注和名抄),
ヤク(塞)の名詞形(角川古語大辞典),
セクキ(塞城)の約(大言海),
セクキ(塞柵)の義(言元梯),
フセギ(防)の意(日本釈名),
サエキリの反(名語記・甲子夜話),
迫の義(俚言集覧),
セキトの略(松の葉考),
サカ(界)の転か(和語私臆鈔),
セキバの略か(和句解),

等々,いずれも「関」は,隘路の意をあれこれ思案しているが,「関」は,

関門,関所,

の意である。それをアナロジーに,

転じて,物事の侵しかぬること,

を言うと『大言海』にある。だから,

心の関,

という言い方をする。これだけで,

物事をなしぬく(隘路の)ピーク,

といった含意が見えてくる。「関宿」を持ち出す必要はないのではないか。とすると,一番考えられるのは,音韻変化である。『日本語の語源』は,

「サイコウノヤマ(最高の山)は,サイの融合,コウの縮約でセクノヤマ・セキノヤマ(関の山)に転じて『できうる最大限度』を表す言葉となった。」

とする。この変化が妥当かどうかは措くとしても,音韻変化説に軍配をあげたい。

参考文献;
http://bunkashisan.ne.jp/search/ViewContent.php?from=14&ContentID=55
http://kankou.city.takayama.lg.jp/2000002/2000024/2001064.html
http://www.kankou-gifu.jp/event/1311/
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%87%E5%9C%92%E7%A5%AD#/media/File:EITOKU_Uesugi-Gion-matsuri.jpg
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm

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