2017年05月11日
えむ
「わらう」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/449655852.html?1494102077
で触れたが,
割れ,破れ,散る,
という眼前の表情変化から来た言葉のようであった。では,
笑む,
と当てる「えむ」はどう違うのか。「わらう」にもあったが,「えむ」にも,
にこにこする,ほほえむ,
の意の他に,
蕾がほころびる,
さらには,
栗のイガが割れる,
という意もある。これは,「笑」の字が,
「夭(ヨウ)は,細くしなやかな人。笑は『竹+夭(ほそい)』で,もと細い竹のこと。正字は『口+音符笑』の会意兼形声文字で,口を細くすぼめて,ほほとわらうこと。それを誤って咲(わらう→さく)と書き,また略して笑を用いる。」
という経緯が関係しているのかもしれない。「咲」の字は,
「『口+音符笑』が,変形した俗字日本では,『鳥なき花笑う』という慣用句から,花がさく意に転用された。『わらう』意には笑の字を用い,この字(咲)を用いない。」
とある。漢字を得て,自家薬篭中のものとした先祖たちは,いろいろ表現世界を広げていったのが目に見えるようだ。まさに,
もっている言葉によって見える世界が違う,
というヴィトゲンシュタインの言う通りな気がする。さて,閑話休題。
「えむ」は,旧かな遣いでは「ゑむ」と表記するが,『大言海』には,
「口を開かんとする義。ゑらぐ(歓喜)に通ず」
とある。実は,『大言海』は「ゑむ」の項は,二項別に立てる見識を示していて,
笑む,
咲む,
とあてる「ゑむ」とは別に,
罅む,
の字をあてる「ゑむ」を立てている。「罅む」は,
「(笑むの義)裂け開く(栗毬(いが)など)」
の意味としている。そして前者については,
「心に愛ずることありて,顔にあらはれて,にこやかなる。笑ひを含む」
と卓抜な意味を載せている。つまり,後者は,前者から派生したという含意のようである。因みに,「ゑらぐ」は,
歓喜,
と当て,「笑む義」とある。ただ『古語辞典』には,「ゑらぐ」は見当たらず,
ゑらき,
で,
「(ヱラヱラ(酒に酔うさま)と同根。『き』は擬態語を動詞化する接尾語)酔う」
としか載らない(ヱラヱラが,エヘラエヘラという擬態語に通ずるのかも)。
こうみると,「えむ」も,「わらう」と同じく,表情の変化から来ているらしいことがだけは推測がつく。『日本語源広辞典』,
「口が開きはじめる,さける」
の意とするが,これでは「えむ」の謂れの説明になっていない。『日本語源大辞典』は,
ヱを発音するときは,口角が上がり,笑うときに似ているところから(国語溯原),
口を開こうとする義,ヱラグの略(大言海),
エエと,咲い出しそうな様子が顔に見える義デ,エミ(咲見)から(言元梯),
ヱ(笑)が語根デ,ムは含むの略(類聚名物考・日本語原学),
エミ(得見)か。自分の得たいものを得て見る時,喜びの表情が現れるから(和句解),
等々を載せるが,どうも明快ではない。敢えてう言うなら,語呂合わせではない,
ヱラグの略,
とする『大言海』の転訛説をとりたい。別の視点から,では,
ほほえむ,
はどうなのか。『大言海』は,
「含(ほほ)み笑みの意ならむ。或は云うふ,頬笑むの義,頬に其の気色の顕はるる意と」
とする。『日本語源広辞典』は,
「ホホ(頬)+笑む」
を取る。「頬が笑う」というのと,「笑いを含む」のとでは,意味は似ていても,言葉のニュアンスが違う。「笑いを含む」の陰翳をとりたい気がする。ただ,『日本語源大辞典』には,
「頬笑むの意と考えられるが,中世の辞書類では,しばしば『ほお(頬)』と『ほほえむ』の語形が違う。『頬(ホフ)』―『忍笑(ホホ・シノビワライ)』(文明本節用集),『頬(ホウ)』―『忍笑(ホホエン)』(永禄五年本節用集),『頬(ホフ)』―『微笑(ホホエム)』(易林本節用集)など。これは複合語中に古形が保存されがちであり,単独語が形を変えやすいことの一例である。」
とある。「えむ」の由来ははっきり分からないが,結局,
笑,
の字を当てたことで,「わらい」の意味が混淆するようになったということだけは予想できる。
ところで,
http://dictionary.goo.ne.jp/thsrs/884/meaning/m0u/
で,「笑う(わらう)」と「微笑む(ほほえむ)」を,
「笑う」は、表情をくずすだけのものから、大声を立てるものまで全部含まれる,
「微笑む」は、目と口の表情を変えるだけで、静かに、かすかに笑う意,
と区別し,「笑む」について,
「元来は声を出さずにかすかに笑う意味であるが、現代語としては『ほくそ笑む』のような複合語として、また『花は笑み、鳥は歌う』のような比喩(ひゆ)的な使い方しかしない。」
とする。『日本語源大辞典』の言うように,
ほほえみ,
ほくそえむ,
といった複合語に,「えむ」という古形が残ったということなのだろう。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm
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