2017年05月12日

ほくそえむ


「ほくそえむ」は,

物事がうまくいったとひそかに笑う,

意で,『広辞苑』には,

「一説に,ホクソは『北叟』で塞翁の意という」

とある。多くは,この説をとる。『デジタル大辞泉』も,

「『ほくそ』は「北叟」か」

とある。『大辞林』も,「ほくそう(北叟)」は,

「北辺の老人。淮南子(えなんじ)の『塞翁が馬』の故事の塞翁をいう。」

とする。「ほくそ笑む」は,また,

ほくそ笑い,

とも言ったようだが,この言い方は,今日はあまりしない。『大言海』には,

北叟笑ひ,

北叟笑み,

が載り,やはり,

「塞翁の故事に起こる,翁を北の翁と歌に詠めり」

として,

痴笑(しれわらひ)をなす,にこにこ笑ふ,

と意味が載る。「しれ(痴)わらひ」は,

痴れたるように笑う,

意で,『広辞苑』には,

愚かなさまで笑うこと,
ばか笑い,

とあるので,今日の「ほくそ笑む」とは,少しニュアンスが違う。『古語辞典』は,

ほくそわらひ,

ほくそえむ,
も,

微笑する,
にこりと笑う,

の意が載るので,これも,どちらかというと,

にんまりする,

とか,

「どんなに嬉しくても,それをあまりはっきりと表情には出さないで,心の中で密かに笑う」

という使い方とは,少し違うようだ。さらに,『古語辞典』には,

「(唐の北叟は)喜びある事を見ても少し笑み,憂ある事を聞きても少し笑みけり。…今の人も少し笑みたるをほくそわらひといへるは,この北叟が事なるべし」

と載る。必ずしも塞翁のことを言っていないようである。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/ho/hokusoemu.html

も,

「ほくそ笑むの『ほくそ』は,『 北叟(ほくそう)』のこと。 北叟とは、古く中国で北方の砦に住むとされた老人 塞翁のことで,北叟が喜ぶときも憂うときにも少し笑ったという故事から,『ほくそう笑む』が転じて『ほくそ笑む』となったとされる。室町時代の『源平盛衰記』にも,『ほくそえむ』『ほくそわらふ』の例が見られる。」

と,やはりほくそ=北叟=塞翁説を取る。しかし,『日本語源広辞典』は,

「ホクソは,塞翁だという説がありますが,どうもはっきりしません。芋屑,つまりカラムシの茎を,ホクソと言い,これで作った頭布を,ホクソズキンというので,ホクソ頭巾の陰て,人に見えないように笑う意を,ホクソエムというようになったという説にしたがいます。」

とある。しかし,この説は,

ひそかに笑う,

という現代の「ほくそえむ」の意味から語源を解釈している。仮に,『古語辞典』のように,「ほくそえむ」が

微笑する,

意だとすると,あわない。また,『大言海』のように,

痴れ笑い,

だとしたら,もっと合わない。「痴れ笑い」なら,北叟=塞翁説としても齟齬がある。もし,

微笑する,
にこりと笑う,

という意なら,やはり北叟=塞翁説が妥当かもしれない。しかし,今日の,

にんまりする,

という含意とはずれてくる。因みに,「塞翁が馬」については,

『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/sa/saiougauma.html

に,

「塞翁が馬の『塞翁』とは,北方 の『砦・塞(とりで)』に住むとされた老人(翁)のことで,出典は中国前漢時代の思想書『淮南子』「人間訓」の故事から。昔,中国北方の塞に占いの得意な老人(塞翁)が住んでいた。ある日,翁が飼っていた馬が逃げてしまったので,人々が慰めに行くと,塞翁は『これは幸いになるだろう』と言った。数ヵ月後,逃げた馬は立派な駿馬を連れて帰って来たので,人々がお祝いに行くと,『これは災いになるだろう』と言った。塞翁の息子が駿馬に乗って遊んでいたら,落馬して足の骨を折ってしまったので,人々がお見舞いに行くと,塞翁は『これは幸いになるだろう』と言った。一年後,隣国との戦乱が起こり,若者たちはほとんど戦死したが,塞翁の息子は足を骨折しているため兵役を免れて命が助かった。この故事から,『幸(福・吉)』と思えることが,後に『不幸(禍・凶)』となることもあり,またその逆もあることのたとえとして『塞翁が馬』と謂うになった。また,『人間のあらゆること(人間の禍福)なお,』を意味する『人間万事』を加えて,『人間万事塞翁が馬』とも言う。」

とある。また,「笑う・ 笑む・微笑む・ほくそ笑む」の対比については,

http://mobility-8074.at.webry.info/201506/article_10.html

に,詳しい。

参考文献;
http://mobility-8074.at.webry.info/201506/article_10.html
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大槻文彦『大言海』(冨山房)


ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm

posted by Toshi at 04:59| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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