「かしこ」は, 「あなかしこ」
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で触れたし,「かしこ」
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でも触れたが,
かしこみ畏れる意のあなかしこの略転,
であるが,ともに「かしこし(い)」の語幹から来ている。「かしこし(い)」は,
賢い,
畏い,
と当て,『岩波古語辞典』によれば,
「海・山・坂・道・岩・風・雷など,あらゆる自然の事物に精霊を認め,それらの霊力に対して感じる,古代日本人の身も心もすくむような畏怖の気持ちをいうのが原義。転じて,畏敬すべき立場・能力をもった,人・生き物や一般の現象も形容する。上代では『ゆゆし』と併用されることが多いが,『ゆゆし』は物事に対してタブーと感じる気持ちをいう」
とある。因みに,「ゆゆし」は,
忌々し,
と当て,「忌忌(いみいみ)し」の約(『大言海』)で,『岩波古語辞典』には,
「ユはユニハ(斎庭)・ユダネ(斎種)などのユ。神聖あるいは不浄なものを触れてはならないものとして強く畏怖する気持ち。転じて,良し悪しにつけて,甚だしい意。」
とある。ついでながら,「いみじ」は,
イミ(忌)の形容詞形,
で,
「神聖,不浄,穢れであるから,けっして触れてはならないと感じられる意。転じて,極度に甚だしい意。」
となる。「いみじ」「ゆゆし」は神聖・不浄をとわずタブーを指し,「かしこし」は,それへの畏れの気持ちを指す,ということになる。しかし,
自然界の霊異への畏れ,畏怖,
という感情の表現から,対象へ転化されて,
おそれ多い,もったいない,ありがたい,
という感情表現へシフトし,さらにそれが,
(生き物や事物などが)すぐれている,まさっている,
(人の智力などが)きわだっている,
といった価値表現へと転じていく。「賢い」と当てられる所以である。だとすれば,
畏し,
恐し,
が語源と見られるか,というと必ずしもそうはならない。『日本語源大辞典』には,
才能の優れた者を畏れ崇む意の,カシコキ(畏)の転(国語の語幹とその分類・大言海),
カシコミシキ(畏如)の義(名言通),
恐畏の意(槙のいた屋),
厳かだ,偉いの意のイカシの活用形イカシクからイが脱落したカシクから(語源辞典),
語根はカシコ(神峻厳)の意(日本古語大辞典),
利口な者はかしこく爰へ速く心が行くところからカシコシ(彼知是知)の意(和句解・言元梯),
彼方知の義(桑家漢語抄),
カシコシ(神子)から。シは助詞(和語私臆鈔),
カシコ(日領所)の義(国語本義),
カシはカシラ(頭)・カシヅク(傳・頭付)のカシで頭の意。コは心グシ・眼グシなどのク(苦しい・切ない)の転か(古代日本語文法の成立の研究)
等々が載る。どうも,言葉を単独で,文脈から切り離して考えると,語呂合わせに見えてくる。
『日本語の語源』は,母韻交替から,次のように転訛の流れを説く。
母音の交替図(田井信之『日本語の語源』より)
「カガム(屈む)は,母韻交替[ao]をとげてコゴム(屈む)に,さらに母音交替[ou]をとげてクグム(屈む)になった。〈笛の音の近づきければクグミて見れば〉(義経記)。
畏怖のあまり,貴人の前で自然に腰が折れ曲がることをコシカガム(腰屈む)といった。『ガ』を落としたコシカムは,語頭の母韻交替[ao]でカシコムになった。〈カシコミて仕へまつらむ〉(推古紀)は『おそれおおいと思う』意であり,〈大君のみことカシコミ〉(万葉)は『謹んで承る』意である。
さらにカシコミアリ(畏み在り)は,ミア[m(i)a]の縮約でカシコマル(畏まる)になった。『恐れ敬う。慎む。きちんとすわる。謹んで命令を受ける』などの意であり,その連用形の名詞化がカシコマリ(畏まり)である。
カシコム(畏む)の形容詞化が『恐れ多い。もったいない。高貴だ』の意のカシコシ(畏し)であり,その語幹がカシコ(恐・畏)である。
身分に対する畏敬の念が才智に対するそれに転義してカシコシ(賢し)が成立した。」
とする。この説だと,畏れの姿勢,
屈む,
から,音韻変化して,カシコシへと転訛したことになる。『岩波古語辞典』や『大言海』は,畏れの気持ち,
畏し,
が出自とする。どちらが先かは,決める手がかりはないが,
屈む,
前には,畏れがあったという方が自然に見えるが,いかがであろうか。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
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