2017年05月31日
いる
「いる」という字に当てるのは,
入る,
要る,
炒(煎)る,
射る,
鋳る,
居る,
率る,
沃る,
等々かなりの多数に渡る。「いる」といっただけでは,漢字がなければ区別がつかない。ただし,「居る」は,
ゐる,
なので,別語になるが,
「『ヰ・ウ(居)』つまり,動かないさま」
が語源,「住む,止まる,集まる,坐るが『居る』の語源」と『日本語源広辞典』にはある。これだと分かりにくいが,
「もとは動かぬ意のヰルが,転じて住む,止まる,集(ゐ)る,坐るの義に広がった」(『日本語源大辞典』),
のであり,『岩波古語辞典』によれば,「ゐ」は,
居,
坐,
を当て,
「立ち」の対,すわる意。類語ヲリ(居)は,居る動作を持続し続ける意で,自己の動作ならば卑下謙遜,他人の動作ならば蔑視の意がこもっている」
とある。
「射る」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/450350603.html?1496088765
でふれたように,「ゆみ(弓)」と「や(矢)」の由来と深くかかわる。『大言海』は,
遣ると通ず,はやひと,はいと(隼人),
とする。つまり,
「矢を敵方へヤルの音韻変化で,イルとなった」
ということだが,「射る」行為と「遣る」目的との前後は定かではない。『日本語源広辞典』は,「遣る」の,
「矢を敵の方へヤルの音韻変化で,イルとなった」
とする説以外に,
「入る」で,矢を敵方の方へ入れるという意で,イル,
とする説を載せる。
「沃る」とあてる「いる」は,
そそぐ,すすぐ,
という意で,『大言海』は「射る」から移った語,とする。さらに,「鋳る」とあてる「いる」も,
沃る義,
としている。これだと,「そそぐ」という含意が強まる。『日本語源広辞典』は,「鋳る」について,
「『ユ(入る)』で,『砂型』にユ(金属溶解物)を入れる仕事がイル」
つまり,鋳造をさす,とする。ただ,「入る」の意ではなく,
ユル(湯)の転(言元梯),
とする説もあり,「いれる」「そそぐ」ではなく,「ゆ」の方に見る説もある(『日本語源大辞典』)。では「入る」とはどこから来たのか。『大言海』のあるように,「入る」は,
出づ,
の反であるが,『日本語源大辞典』は,
イはイク,イヌのイと同じ。ルはアルの義(日本語源),
ヨリアル(自有)の約転,ヨリは門戸による義(名言通),
イは至り止まる,ルは自然に収まる意。日月が西山に至り止まるところから出た(国語本義),
出だしが終ること(和句解),
と諸説載せるが,はっきりしない。ただ,『日本語の深層』によれば,「いく(行・往)」は,
「本来『ユク』と発音され,『ユ(由)』には,『出発点・通過点・到着点』といった広く空間を捉える意味がありますから,『ク(来)』が話し手の方に『来る』意味だとすると,「ユク」は話し手から遠ざかっていくことでしょう。」
とあるので,「いる」の「ユ」をその意味を込めてみると,遠ざかるという含意はなかなか意味深い。
『日本語源広辞典』は,「いれる」の項で,
「イル(入る)の下一段化口語動詞がイレルです。『外から内へ移動する』が語源です。入れる,容れる,納れる,は,本来の日本語では,区別がなかったのです。」
と述べる。「入る」「沃る」「鋳る」の区別はなかったと考えるのが至当だろう。「要る」も,
入ると同語,
とされるようだが,『日本語源広辞典』は,
「根拠がはっきりしません。得るの意の,ウル,エルを語源とする説も納得できません。『要る』は,上代になく,中古から使われ,『必要である』意です。」
としている。「要る」と「入る」では含意が違いすぎる。
「率る」は,
行く意の,マヰルの意のヰルで,主に連れ伴う技術として用いられた(国語の語幹とその分類),
ヰはワキ(脇)の反(名言通),
「炒る」は,
イキレル(熱)の転(名言通),
ニヒル(煮乾)の約転(言元梯),
ヒイル(火入る)から(国語本義,日本語原学),
と,それぞれ『日本語源大辞典』に載るが,「率る」は,
ゐる,
で,『大言海』は,
以,
率,
将,
帥,
と当てている。「炒る」は,『日本語源広辞典』に,
「火を入る」
が語源とある。そんな感じがする。
どうやら,「入る」「鋳る」「沃る」「炒る」は「入る」と重なるようだ。
参考文献;
熊倉千之『日本語の深層』(筑摩選書)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm
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