2017年06月03日

面目


「面目」は,

めんぼく,
めんもく,

と訓む。「目」のじは,

漢音で「ぼく」,
呉音で「もく」,

と訓む。『日本語源広辞典』には,

中国語,「面目(名誉)」

で,

「メンモク(世間の人に合わせる体面)ともいいます」

とある。「めんもく」と「めんぼく」で意味が違うということなのだろうか。確かに,『広辞苑』『大言海』を見ると,「面目(めんもく)」は,

顔つき,かおかたち(『日葡辞典』に「メンモクノヨイヒト」と載る),
世間に対する名誉,めんぼく,
ようす,ありさま,めんぼく,
本旨,趣旨(『日葡辞典』に「ワガシュウ(宗)のメンモクハジッカイ(十戒)ナリ」と載る),

で,

面目一新

といった使い方をする。「面目(めんぼく)」には,

人に合わせる顔,世間に対する名誉,めいぼく,めぼく,
物事の様子,ありさま,めんもく,

とあり,

面目ない,

という使い方をする。因みに,「めいぼく」は,『岩波古語辞典』に,

「めんぼく」の「ん」を「い」で表記したもの,

と注記があり,

「平安時代初期,漢字の字音のうち,音節の末尾のn音を「い」の仮名で写す習慣があった。例えば,西大寺本金光明最勝王経の傍訓に,『戦陣,セイチイ』『異見,イチイ』『衰損,スイソイ』などがある。」

と記す。

上記からみると,どうも「めんもく」が,原義であることを想定させる。それが「顔」という状態表現が,「顔」をメタファに,体面や名誉,といった価値表現へと転じていったと見える。漢字としての,

面目,

は,

めんぼく,
めんもく,

と両方の読み方をする。意味は,

顔,姿形,

であるが,用例を見ると,

「何面目見之」(史記・項羽紀)

と,

はずかしくてあわす顔がない,

という意味として使われているので,中国語でも,単なる顔ではなく,

体面,

の意味を持っていたようである。しかし本来は,

面目可憎,

というように,

(貧しくして)顔容悪しく憎むべし,

と,あくまで顔かたちを指していたとみられる。こうした使われ方は,「かんばせ」

http://ppnetwork.seesaa.net/article/450264824.html

の使い方の変化との類似を思わせる。

「面」の字は,

「『首(あたま)+外側を囲む線』。頭の外側を線で囲んだその平面をあらわす」(『漢字源』),

という。『字源』には,

「面は顔前なり。頁に从(したが)ひ人面の形に象る。」

とある。「頁」とは,かしら,こうべ,の意である。

面目が立つ,
面目が無い,
面目丸潰れ,
面目を失う,
面目を潰す,
面目を施す,

いずれも,「めんもく」「めんぼく」と訓んで間違いとは思えない。

http://www.yuraimemo.com/4395/

は,

「『面目丸つぶれ』とは、体面・名誉がひどく傷ついて、他人に顔向けできなくなること。
「『面目ない(めんぼくない)』だと、恥ずかしくて顔向けできないこと。
では、面目を「めんもく」と読むと…どうやら別の意味になるらしい。
「めんもく」と読む場合、これは仏教用語である。
本来の面目とは、人間の生活活動や意識活動以前の生かされてあるいのち(存在)の有り様・姿をいう。
つまりは、本来的な真の姿ということだろうか。
従って、面目は、あり方、有り様、姿の意味になるわけ。」

とあるが,仮に仏語というのが正しいとしても,前後が逆ではないか,『史記』の用例のように,「めんぼく」「めんもく」両用の訓みのうち,仏典を漢語に訳すとき「めんもく」と訓ませた字を当てたにすぎないのではないか。

面目躍如,

について,『四字熟語辞典』は,

「『面目』は『名誉』の意味では『めんぼく』、『外見』の意味では『めんもく』と読むのが慣用。従ってこの熟語の場合、本来は『めんもく』と読むべきであるが、一般に『めんぼく』と読むこともある。」

とするが,こういうのを枝葉末節にこだわって,本筋を見失っているというべきだろう。中国語から来ているのだから,どちらに読んでも,正しいし,そういう訓み分け自体が,慣習に過ぎないのではないか。念のため,『江戸語大辞典』をみると,

めんもく,

の項には,

めんぼく,
人に合わせる顔,

と載る。「めんもく」「めんぼく」を区別せず,

体面の意としている。区別は人為的かもしれない。あるいは,文脈依存なら必要ない(当事者にはわかる)筈の区別を,文面上つける必要があったのかもしれない。

ちなみに,

真面目,

を,

しんめんもく

と訓ませるのは,まさに,

本体そのままのありさま,本来の姿,転じて真価,

であるが,やはり,

しんめんぼく,

とも訓ませる。「まじめ」に当てたが,本来は別の意味であった可能性が高い。「まじめ(真面目)」については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/434431032.html
http://ppnetwork.seesaa.net/article/403104120.html

で触れた。ついでながら,『故事ことわざの辞典』には,

面目(めんぼく)を苞(すぼ)に包む,

というのが載る。「苞」とは「包(つつ)む」と同語源とされ,「つと」である。納豆の藁苞を思い浮かべればいい。

ところで,杜牧「題烏江亭」に,

勝敗兵家事不期
包羞忍恥是男児
江東子弟多才俊
巻土重来未可知,

という詩があるという。

羞(はじ)を包み恥を忍(しの)ぶは是れ男児,

を類推させる。

巻土重来,

の出典でもある。

参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
簡野道明『字源』(角川書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
尚学図書編『故事ことわざの辞典』(小学館)
田部井文雄編『四字熟語辞典』(大修館書店)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm

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