2017年06月06日
そよぐ
「そよぐ」は,
戦ぐ,
と当て,『広辞苑』『岩波古語辞典』には,
サヤグの母韻交替形,
とあり,
そよそよと音を立てる,
意とある。『日本語源広辞典』には,
ソヨ(擬態・そよそよ)+ぐ(動詞化)
とあり,
ソヨガス,ソヨフク,ソヨメクと同源,
とある。『大言海』も,
ソヨソヨのソヨを活用す。サヤグの転。ササヤク,ソソヤグ,カガヤク,カガヨフ
と載る。「そよ」は,
揺られて物の軽く触れ合うさま,
とある。しかし,これも,
サヤの母韻交替形,
である。で,「さや」をみると,
竹の葉などのざわめくさま,
とあり,かなり含意が違う。『岩波古語辞典』は,「さや」に,
清,
の字を当て,
すがすがしいさま,一説,ものが擦れ合って鳴るさま,
と,「さやか」の,
よく分かるように際だって,はっきりしているさま,
の意と同じとある。「さやか」をみると,
サエ(冴)と同根,つめたくくっきりしているさま。類義語アキラカは,はっきりして,隈なく見えるさま,
とある。で,「さえ」をみると,
サヤカのサヤと同根,
とある。こうみると,「そよ」は,
さえ→さや→そよ,
と,転じた形で,底流に,音が微かだが,際立って,はっきり聞えるという含意があるように思える。その擬態語「そよ」を重ねて,
「そよそよ」
となり,またその「そよ」を動詞化して,「そよぐ」となった,ということになる。『大言海』は「そよそよ」の「そよ」を動詞化というが,そうではなく,「そよ」の動詞化であり,その「そよ」を重ねて「そよそよ」となったと見る方が正確であろう。『擬音語・擬態語辞典』には,
「『そよ』は,古く奈良時代の『万葉集』に,『…負ひ征箭(そや)』(背負った戦闘用の矢)の「そよと鳴るまで,嘆きつるかも」とうる。『そよ』を動詞化した語に『そよぐ』『そよさく』『そよふく』『そよめく』がある。」
とある。
ところで,「そよそよ」には,『岩波古語辞典』に,二つの意味が載る。ひとつは,
ものが軽く触れ合って立てる音,
であるが,いまひとつは,
そうだそうだ,歌では風にそそぐ音にかけて言うことが多い,
とある。『擬音語・擬態語辞典』には,
「平安時代の『詞花和歌集』にある『風吹けば楢のうら葉のそよそよと言ひ合わせつついづち散るらむ』の『そよそよ』は,ふと思い出したり相づちを打ったりする時に発する感動詞。『そよ』を重ねた語で,『そよそよ』(=そうだそうだ)を葉のふれあう音『そよそよ』に掛けた表現(掛詞)になっている。このように古くは,風で草木の葉がふれ合ってかすかに立てる連続的な音を多く表していた。」
とあり,「そよそよ」をメタファとして,転用したと見ることができる。
ところで,「そよ」「そよぐ」は「さや」「さやぐ」の母韻交替形である。しかし,「さや」は,
竹の葉などのざわめくさま,さやさや,
であり,「さやぐ」は,
ざわざわと音がする,
と「そよぐ」とは少し意味がずれる(『広辞苑』)。『大言海』は,「さやぐ」に,
サヤ(喧),サヤサヤ(喧々)を活用せしめたる語(騒騒(さわさわ),さわぐ,刻刻(きさきさ),きさぐ),萃蔡(さやめく),同趣なり。喧語(さへ)ぐとも通ず。サイグと云ふは音転なり(驛馬(はやうま),はゆま,はいま)。ソヨグと云ふも,此の語の転なり。」
として,『岩波古語辞典』とは別の説を立てる。『日本語源広辞典』は,
「サヤ(清ユ)+グ(動詞化)」
で,さやさやと音がする,意とする。「さやぐ」が,もともとは,「そよぐ」と同じ意味を持っていたから,音韻変化したと考えるのが自然ではないかと思う。「そよぐ」の表現が自立した後,「さやぐ」の意味が,
ざわざわとする音,
へとシフトしていった,というのが,わかりやすい気がする。「さや」を重ねた「さやさや」の項で,『擬音語・擬態語辞典』は,
「『さやさや』は奈良時代の『古事記』の歌謡に既に例が見える。『冬木の素幹(すから)の下水のさやさや』,『振れ立つ漬(なづ)の木のさやさや』の二例である。『日本書記』の歌謡にも後者の例が見られる。たたし,この二例については音ではなく,ゆらゆらゆれる様子を示すとする説もあり,意味は確定していない。
平安時代以降に見える『さやさや』は明らかに音の例である。『次にさやさやと鳴るモノを置く』(今昔物語)『とくさの狩衣に靑袴きたるが…さやさやと鳴りて』(宇治拾遺物語)」
とある。この説から鑑みると,「そよ」が「さや」から音韻変化したのは(この逆の転訛がないのだとしたら),音を表すためだった,と考えられなくもない。で,「さや」は,
ざわざわ音,
へと意味をシフトした,と。
「そよ」と「さや」の関係の微妙さが,「そよぐ」と「さやぐ」両語の語源説の揺らぎに見える。それぞれの語源説を整理しておく。
「そよぐ」については,
サワグ(騒)の義(言元梯),
ソヨソヨのソヨの活用(大言海),
サワグ,サヤグの音転(万葉代匠記),
サヤグの母韻交替形(岩波古語辞典),
ソヨメクの義,ソヨは風が物に触れる音から(日本語原学),
「さやぐ」については,
サヤ(喧),サヤサヤ(喧々)を活用せしめたる語(大言海),
サヤは木の葉などがこすれる音の擬声語(日本古語大辞典),
サヤグ(清)はサエヤカ(沍)の義(名言通),
等々。結局,擬音語までしか,行き着いていない,ということだが。文脈依存の和語では,そのときどき擬音を言い表そうとする。一般化するのは,文字化されてからなのかもしれない。そこで,意味が分化されていく。
因みに,『日本語の語源』は,例によって,異説を立てている。
「サハル(障る)はサワル・サヤル(障る)に,サワグ(騒ぐ)はサヤグに転音した。」
とする。でも,背景に,ザワザワ,という擬音語があるという気はする。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
山口仲美編『擬音語・擬態語辞典』(講談社学術文庫)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください