2017年06月11日

破綻


服部茂幸『偽りの経済政策―格差と停滞のアベノミクス』を読む。

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現在の日銀の金融政策を遂行しているのは,これまで日本銀行が積極的に金融緩和を行わずデフレを放置したとする,いわゆるリフレ派の経済学者による(黒田=岩田)体制である。しかし,四年が経過しても,デフレ脱却の公約は果たされていない。そこには,政策の破綻と,彼らの理論の破綻がある。しかし,恥ずかしげもなく,目標期限が来るたびにそれを先延ばしするのを五回も繰り返し,外的要因に責任転嫁している。これについて,

「黒田=岩田日銀はデフレ脱却に失敗した。しかし,これでは国民に嘘をついたことになる。そこで,物価が上昇していないのは,外的要因の結果であって,異次元緩和は成果を上げていることにした。ここでも,政策の正当化に反事実的推論が使われているのである。」

と皮肉る。反事実的推論とは,

「相関関係や事象の同時性は因果関係を意味しないことは科学の基本である。例えば,ある政策を実施した時に,経済が10%も落ち込んだとしよう。しかし,ある政策がとられなければ,経済の落ち込みが15%だったとすれば,政策は経済を5%も改善したことになる。反事実的推論自体は科学的な方法である。
 しかし,管理された実験が行われない限り,反事実的推論は単なる推論でしかあり得ない。実際のアメリカ経済の回復が遅くても,ある意味政策が実施されなければ,もっと回復が遅れたと主張することによって,どのような政策でも正当化できるだろう。」

というものだ。どこか,安倍首相の使う論理に似ている。

本書の著者は,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/405050518.html

で触れた前著『アベノミクスの終焉』で

「アベノミクスの下で経済が順調に成長していると思われていた。けれども,経済成長を支えているのは,政府支出,耐久消費財と住宅投資にすぎない。2014年4月に消費税増税が行われた後,反動減で耐久消費財と住宅投資が急減するのは目に見えている。政府投資も14年度には横ばいと,日本の政府自身が見込んでいる。14年度には経済成長が挫折する。消費者物価上昇率もプラスに転じたが,これは円安による輸入インフレの結果に過ぎない。円安が止まれば,デフレに戻る。」

と見通した。そして,

「今では消費者物価上昇率はほぼゼロか,マイナスに転じ,経済も停滞している。」

「アベノミクスが消費税増税のために挫折したという責任転嫁の議論は正しくない。(中略)消費税増税が経済の回復に水を差したのではない。駆け込み需要と政府支出でかさ上げされていた経済が,元に戻っただけである。」

として,こう結論づける。

「アベノミクスと日銀の金融緩和の物語は単純である。それは,デフレ脱却にも,実体経済の復活にも失敗した。けれども,それでは国民をだましたことになってしまう。そこで,彼らはデフレ脱却に失敗した責任を消費税増税後の需要の弱さ,原油価格の世界的急落,2015年夏以降の新興国の経済の減速に押しつけた。
 筋の通らない話である。金融政策が適切に行われていれば,デフレが回避できるし,デフレが解決できれば日本経済は復活できるとして,彼らは現在の地位につくまで,日銀を批判してきた。その彼らがデフレと経済停滞の原因を外的要因に押しつけている。これまでの批判は何だったのだろうか。彼らは責任転嫁によって,自らの理論を否定しているのである。」

つまりは,リフレ理論の破綻とその理論に基づく金融政策の破綻である。それはアベノミクスの破綻の露呈でもある。著者は,

アベノミクスの成果と言えるものは存在しない,

と断言する。

消費者物価上昇率はゼロか,マイナスで,アベノミクス以前と同じ状況,
雇用の回復も,実際に増加しているのは短時間就業者で,長時間就業者は逆に減少している,
企業の利益も,生産も売り上げもその増加はわずかで,円安や原油安による名目的な要因に過ぎない,

と。さらに,

「政府・日銀の認識では,現在の日本経済は緩やかな回復過程にある。経済成長率は,1%程度で低いが,プラス成長だから,この認識は間違っているわけではない。しかし,一部の時期を除くと,アベノミクス前の日本経済もこの程度の成長は実現できていた。だから,ゆるやかな経済回復がアベノミクスの成果だとは思わない。」

では成果は何か。

富裕層の所得と富の拡大,

である。アベノミクスによる株価上昇により,

「純資産一億円を超える富裕層・超富裕層の世帯は,2011年の81万世帯から,15年には122万世帯に増加した。純金融資産総額も188兆円から272兆円へと急増した。その結果,世帯数では2%の富裕層・超富裕層が純金融資産の二割を占めることになった。『もともと富裕層および超富裕層の人々の保有資産が拡大したことに加え,金融資産を運用(投資)している準富裕層の一部が富裕層に移行したため』と野村総合研究所は述べる。」

つまり,

「アベノミクスは富裕層の所得と富の拡大に大きな貢献をした」

のである。で,結論は,

「アベノミクスが始まってから,どの世論調査でも景気回復の実感がないという回答が一貫して七割かそれ以上を占めている。大部分の家計は労働をして,給与を受け取り,生活をしている。物価上昇に給与が追いつかない状況では,多くの国民の生活は改善するはずもない。大多数の国民の実感は実態を反映しているのである。
 アメリカに倣った政策がアメリカと同じような賃金停滞と,所得と富の集中を作り出すのは不思議なことではない。」

この政権下,紙幣を刷りまくり,膨大な政府支出を繰りだしても,実体経済は,その前の民主党政権時代を超えていない。この四年余はいったい何であったのか。このつけは,後の世代につけ回される。既に,滅びの予感がしてならない。

参考文献;
服部茂幸『偽りの経済政策―格差と停滞のアベノミクス』(岩波新書)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm

posted by Toshi at 04:42| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする
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