2017年06月14日

はしる


「はしる」は,

走る,

とあてるが,

奔る,
趨る,

とも当てる。 『岩波古語辞典』には,

ハセ(馳)と同根。勢いよくとびだしたり,す早く動き続ける意,

とある。因みに,漢字の,「走」「奔」「趨」の違いは,

「走」は,かけゆく義。奔走,飛走と連用す。破れて逃げるにも用ふ,
「奔」は,走よりは更に勢いよくかけ出す義。事により趨くに後れんことを恐るる意なり。轉じて結婚に禮の備はるを俟たず,父母の家をかけおちするをも奔という,
「趨」は,早く小走りする義。貴人の前を過ぐる時の禮。論語「鯉趨而過庭」禮記「遭先生于道,趨而進」疾走して直ちに目的の處に至る義より,敬意をオブ,

となるようだ。『笑える国語辞典』

https://www.fleapedia.com/%E4%BA%94%E5%8D%81%E9%9F%B3%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9/%E3%81%AF/%E8%B5%B0%E3%82%8B%E3%81%A8%E3%81%AF%E4%BD%95%E3%81%8B/

に「走る」について,

「走るとは、『歩く』では、ライオンに食い殺されたり、野球でアウトになったり、会社をクビになったり、目玉商品を他のおばさんに奪われたりという、くやしい結果になることが予想される状況で、誰もががやむをえず取る行為。歩くときの足の動きをスピードアップさせつつ、そのパワーを地面を蹴って飛び跳ねる方向に作用させれば、あなたも簡単に『走る』ことができる。」

とあるが,この「走る」観は間違っている。人類の「走る」の意味については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163439.html

で触れたが,人間の足について,人類学者,アリス・ロバーツは,こう書いている。

「わたしたちの体の構造は,人類が長距離走に耐えるように進化してきたことを示唆している。たとえば,腱と靭帯は,エネルギーを貯めて効率よく走れるようになっているが,そのような特性は,毎日走って体を鍛えたりしなくても,わたしたちの体に元々組み込まれているのだ。」

「人類の足は,立って,歩いて,走るためにできている。近い親戚のチンパンジーやゴリラと違って,わたしたちは足でモノをつかむことができない。その代りに,すべての指が一列に並び,足は直立するための土台という,より重要な機能を果たすようになった。また,人類の足にはアーチ構造が見られる。内側の縦のアーチ(土踏まず)と外側の縦のアーチ,そして甲の部分を横切るアーチだ。これらのアーチは,収縮性のある腱と靭帯によって支えられている。走る時,足が地面につくと,腱と靭帯がバネのように伸びてエネルギーを貯め,地面を離れる足にそのエネルギーを戻す。アキレス腱は,筋肉と踵骨をつなぐ太い腱で,やはりバネの役目を果たしている。また,人類の足は長いので,大きな歩幅で歩いたり走ったりできる。」

とある。そして,

「ホモ・エレクトスが登場した180万年前頃には,脚の長い人類が現れはじめた。(中略)そこで,走るのに適したように変化があらわれる。例えば,前傾姿勢が保てるように背筋が発達,脚を後ろに動かすための臀部の筋肉も大きくなる等々。なにより,人間の体には,体毛がほとんどなく,長距離を走っている時に,熱を発散し,桁はずれて多い汗腺による発汗と汗の蒸発によって体温を下げるという,適応がある。」

と。だから,チーターのような,その瞬発的な力はない代わりに,粘り強く走り続ける持久力が我々の特徴であるなら,それは,精神にももともと備わっているはずなのではないか。いまも狩りをする,ブッシュマンに同行したアリス・ロバーツは,その長距離ランナーぶりに驚嘆しているが,なにより,日中に狩りをすることが,他の捕食動物やハイエナのような清掃動物とも重ならず,ニッチを獲得したのではないか,と推測している。そこには,人の狩りの仕方がある。真昼間,動物の足跡みつけて,それをたどり,執拗に追跡する。そして夜は,安全な集落に戻る。

持続する脚力は,持続する精神力とセットのはずだ。仮に持久力のある脚力があっても,執拗に追い詰めていく精神力がなければ,途中で投げ出すだろう。つまり,精神の持久力の限界が,脚力の限界になる。その脚力は,精神力とあいまって進化したというべきなのだ。他の哺乳類からみたなら,二足歩行の人の特徴的な行動スタイルは,「歩く」ではなく「走る」なのである。

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http://www.geocities.co.jp/Bookend/4373/vol_239.htm

に,「歩く」との違いについて,

「歩くとは左右のどちらかの足が地面についている進み方を言います。それに対して、走るとは両足が同時に地面から離れている瞬間がある進み方です。」

とある。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%B0%E3%82%8B

でも,「はしる」を,

「人間は二足歩行をするとき、左右の足で交互に地面を蹴ることで推進力を得る。このとき、両足が同時に地面から離れる瞬間がある移動方法を走る、常にどちらかの足が地面についている移動方法を歩くという。必然的に、走っているときは両足が同時に地面につくことはない。運動学的には、遊脚期が立脚期よりも長い移動方法であると言える。 もう一つは、位置エネルギーと脚のバネエネルギーの交換による移動とも定義されていて、その意味でゾウの速歩はある意味では走行ともとらえられる。」

と定義している。

さて,「はしる」の語源である。『日本語源広辞典』は,

「ハシ(粛・ひきしまる)+る」

で,

「早く進む,勢いよく早く動く,噴きだすなどの意です。火の中の栗がハシル,固く乾燥する意のシハルなどの方言は,語源に近いようです」

とある。『日本語源大辞典』には,

ハス(馳)と同語源(岩波古語辞典)
「ハスル(早進)の義(言元梯),
ハヤセキアル(早瀬有)の義(名言通),
ハは早の義。シはアシの上略か。ルは任るの意か(和句解),
ハサマ・ハサム・ハシ(橋)等と同語源で,二点の間,二点をつなぐなどの原義が共通するか(時代別国語大辞典),

等々が載るが,上述の肉体の特徴から見ると,

「ハシ(粛・ひきしまる)+る」

を取りたくなる。なお,「馳せ」との関係について,『日本語源大辞典』には,

「(馳せるは)本来,自動詞「はしる」に対応した他動詞で,『はしる』が古代には,水,鮎,雹などの動きについて広く用いられていたのと同様に,馬,弓,舟,心などについて広く使われた。しかし,自動詞的にも用いられたために,『はしる』との関係が曖昧になり,『はしる』の他動詞形として『はしらす』『はしらかす』が一般的となった。ただし,東北方言には『はせる』を『はしる』の意味で使うなどの用法が残っている。」

とある。因みに,「は(馳)せる」の語源には,

ハシラスの義,
ハシルの約,
ハシルと同源,

と,ほぼ「はしる」とつながっているようである。

参考文献;
アリス・ロバーツ『人類20万年 遥かな旅』(文藝春秋)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;
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今日のアイデア;
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