2017年06月15日

ロジャーズ


H・カーシェンバウム&V・L・ランド ヘンダーソン編『ロジャーズ選集』を読む。

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本書は,カール・ランソン・ロジャーズ(Carl Ransom Rkgers)の著作集である。サブタイトルに,「カウンセラーなら一度は読んでおきたい厳選33論文」とある。上巻は,カウンセリング関係の主要論文,下巻は,サイコセラピーで培った科学的研究を,行動科学が適用されている社会的・政治的文脈であり,そこにはスキナーとの長い対話も含まれる。いまひとつは,ハードサイエンスに対する「もっと人間的な人間科学にむけて」という死の直前に書かれた論文に見られるような,人間科学の新しい方向性である。

しかし,こう言っては何だが,やはり上巻のセラピーに関する予見ともいうべき数々の見識には圧倒される。そうか,ロジャーズがとうの昔に言っていたのか,ということに気づかされることが度々あった。

たとえば,ロジャーズは,さりげなく,

「自分自身に他人を理解することを許すことができるならば,それはたいへん価値があることがわかった。こういう言い方は奇妙に聞こえるかもしれない。他人を理解するように自分を許すなどということが必要なのだろうか。私は必要だと思う。私たちが他人の言葉を聞いたときの最初の反応は,たいていの場合,最初は,それを理解することよりも,すぐに評価したり,判断を下したりするものである。誰かが,その感情,態度,信念を述べると,たちまち,『それは正しい』『それは馬鹿らしい』『それは異常だ』『それはおかしい』『そいつは不正確だ』『それは良いことではない』などと私たちは反応する傾向がある。彼の言葉が彼自身にどんな意味があるかを正確に理解しようと自分に許すことはほとんどない。私は,その理由は,理解することが危険なことだからだと思う。他人を本当に理解しようとすると,理解することによって私が変化するかもしれない。私たちは誰でも変化を恐れている。したがって私が述べるように,他人を理解することを自分に許し,他人の照合枠(frame of reference)のなかで十分に共感して入り込むのは容易なことではない。またそれは稀なことである。」(「私を語る」)

と書く。たしかに,

「他人を理解することを自分に許し,他人の照合枠(frame of reference)のなかで十分に共感して入り込むのは容易なことではない。」

だからこそ,自らの価値基準を脇に置いて,相手の枠組みの中で相手が考え,見ているものを見ようとする姿勢がなければ,共感はあり得ない(エリクソンは,「相手の枠組み」という言い方をしていたが)。自らに許す,というよりは,覚悟という言葉がふさわしいのかもしれない。

さらに,同じところで,

「人間ひとりひとりが,きわめて現実的な意味で,自分自身という島である。人はみずからすすんで自分自身になろうとし,自分自身であることを許されるならば,そのときはじめて他の島に橋をかけることができるのである。そこで,私が他人を受容するとき,それをもっと具体的にいえば,彼の感情や態度,信念などを彼の生きている現実のものとして受容できるならば,私は彼がひとりの人間になる援助をしているのである。このことにはとても大きな価値があると思われるのである。
次の経験はとても伝えにくい性質のものである。私が自分自身や他人のなかの現実にひらかれていればいるほど,ことを急いで『処理』しようとしなくなってきている。私が自分の内部に耳を傾けようとし,私のなかに進んでいるその体験過程に耳を傾けているとき,そしてまた,その同じ傾聴の態度を他人にも広げようとするとき,それだけで私は,複雑なプロセスを尊重するようになってきている。私は,ただ自分自身になること,他人がその人自身になるように援助することに満足するようになった。(中略)この複雑な人生のなかで,ただ自分自身になろうとすればするほど,自分自身や他人の現実を理解し受容しようとすればするほど,それだけ変化が起こりだしてくるように思われる。非常に逆説的なのであるが,誰でも進んで自分自身になろうとすればするほど,自分が変化するばかりでなく,自分と関係している人たちもまた変化していくのである。少なくともこれは私のもっとも生々しい経験であり,私の私生活や専門職の生活から学んだ最も深い経験のひとつである。」(仝上)

とも書く。この一文の中に,我々のなかで常識としていることが,彼個人の経験のメタ化されたものであることを知らされるのである。あるいは,

「個人が援助を求めにやってくる。正しく認識されるならば,これはセラピーの最も重要なステップのひとつである。その個人はいわば,自分自身にとりかかったのであり,第1に重要な責任ある行為をとったのである。彼は,これが自律的な行為であることを否認したいかもしれない。しかし,もしこの自律的行為が育っていくならば,それはそのままセラピーへと進展していくことができる。それ自体としては重要でない出来事も,セラピーにおいてはしばしば,もっと重要な機会と同じように,自己理解や責任ある行為に向かう基盤を提供することが多い…。」(「より新しいサイコセラピー」)

もまた,ここでも,さりげなく,語られているが,セラピーへくること,あるいは行こうと決意すること自体で,既に大きな変化が起きることは,今日常識である。

あるいは,

「もしクライエント自身が来談した責任を受容しているならば,彼はまた,自分の問題に取り組む責任をも受容しているのである。」(仝上)

「少しずつ,私たちは,敵意や不安の感情の流れ,ひっかかりの気持ちや罪悪感,両価的な感情や決断できない感じ,を阻止しないでいることを学ぶのだが,こうした感情は,もし私たちが,その時間を本当にクライエントのものであり,その人の望むように用いることができる時間であることを,クライエントに感じさせることができるならば,それは自由に流れ出てくるものである。」(仝上)

「カウンセラーの仕事は,さまざまな選択の可能性を明確にするように援助し,その人が経験している恐怖の感情や,前進する勇気の欠如を認識することである。ある行為の方向を強制したり,助言を与えることがカウンセラーの仕事なのではない。」(仝上)

あるいは,

「クライエントの意味づけを『理解する』(understanding)ということは,本質的には理解『しようとする』(desiring to understanding)態度にほかならない…。」

「信頼されるためには,頑なに一貫した態度をとるのではなく,信頼に足るほどリアルである(dependably real)ことが必要であることを認めるようになったのである。『一致している』という言葉は,私がそうありたいあり方を表現するものである。この言葉は,私がどのような感情や態度を経験していても,そのことに私自身が気づいていること(awareness)を意味している。」

「私は『気持ちのリフレクション』をしようとは努めていないのである。私はクライエントの内的世界についての私の理解が正しいかどうか―私は相手がこの瞬間において体験している(experiencing)がままにそれをみているのかどうか―見極めようと思っているのである。私の応答はいずれも言葉にならない次の質問を含んでいる,『あなたのなかではこんなふうになっているんですか。あなたがまさに今経験している個人的意味(personal meaning)の色合いや手触りを私は正確にわかっていますか。もしそうでなければ,私は自分の知覚をあなたのと合わせたいと思っています』と」(「気持ちのリフレクション(反映)と転移」)

等々。それらを整理した,

「セラピーによるパーソナリティ変化のための必要にして十分な条件」
「クライエント・センタードの枠組みから発展したセラピー,パーソナリティ,人間関係の理論」

の二論文は,やはり重い。そして,

セラピー過程の6条件は,いまも厳然として生きている。

①二人の人間が接触(contact)をもっていること。
②一方のクライエントと呼ばれる人間は,不一致(incongruence)の状態にあり,傷つきやすい(vulnerable)か,あるいは不安(anxious)な状態にあること。
③他方のセラピストとよばれる人間は,2人の関係(relationship)のなかで一致の状態にあること。
④セラピストは,クライエントに対して無条件の肯定的配慮(unconditional positive regard)を経験していること。
⑤セラピストは,クライエントをその内的照合枠(internal frame of reference)から共感的に理解する(empathic understanding)という経験をしていること。
⑥クライエントは,条件4および,5,すなわち自分に対するセラピストの無条件の肯定的配慮および共感的理解を,少なくとも最低限に知覚していること。

それにしても,ロジャースは,自分の考えを「仮説」と呼んだ。ロジャーズの,

「すべての人間は,自分自身のなかに,個人的にも満ち足りた,社会的にも建設的な方向に,自らの人生を導いていく能力をもっている。」
「「個人は自分自身のなかに,自分を理解し,自己概念や態度を変え,自己主導的な行動をひき起こすための巨大な資源をもっており,そしてある心理的に促進的な態度について規定可能な風土が提供されさえすれば,これらの資源は働き始める」

という,彼の「仮説」を,彼は57年間にわたって,自ら検証したのだと,つくづく納得させられる。

参考文献;
H・カーシェンバウム&V・L・ランド ヘンダーソン編『ロジャーズ選集上』(誠信書房)


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posted by Toshi at 04:11| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする
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