ここでは,「腹の虫」の「むし」のことである。昆虫の意の「むし」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/450940642.html?1497642312
で触れた。「むし」には,いわゆる「虫」以外に種々の意味がある。たとえば,『広辞苑』には,
潜在する意識,ある考えや感情を起こすもとになるもの,古くは心の中に考えや感情を引き起こす虫がいると考えていた(「ふさぎの虫),
癇癪
愛人,情夫,隠し男,
陣痛,
あることに熱中する人(「本の虫」),
ちょっとしたことにもすぐにそうなる人,あるいは,そうした性質の人をあざけっていう語(「弱虫」「泣き虫」),
等々。だから,
虫がいい,
虫がおさまる,
虫が齧(かぶ)る,
虫が嫌う,
虫が知らせる,
虫が好かない,
虫が付く,
虫の居所が悪い,
虫が取り上(のぼ)す,
虫を起こす,
等々,多様な言い回しがある。『江戸語大辞典』には,「虫」の項で,
腹の虫,癇癪の虫,
隠し男,
の意味しかのらない。『大言海』には,
俗に,こころ,考え,料簡,
の意味のところで,
「悪い蟲」「蟲がいい」「腹の蟲」「蟲のゐどころ」「蟲がしらせる」
と例を挙げて,こう載せる。
「蟲がつくとは,わかき女に情夫の出来る等,蟲の寄生する如く,害になる者のつくを云ふ。蟲ガ承知セヌとは,癪にさわりて,堪忍出来ぬ意。蟲ヲ殺スとは,癇癪をおさふ。立腹の心を抑へる。蟲ノイキとは,たへえだえの息。将に絶えんとする呼吸。…蟲ノイイとは,自分の都合よきこと,自分勝手。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%99%AB
には,
「日本では《三尸の虫》(さんしのむし)というものの存在が信じられた。これは中国の道教に由来する庚申信仰(三尸説)。人間の体内には、三種類の虫がいて、庚申の日に眠りにつくと、この三つの虫が体から抜け出して天上に上がり、直近にその人物が行った悪行を天帝に報告、天帝はその罪状に応じてその人物の寿命を制限短縮するという信仰が古来からあり、庚申の夜には皆が集って賑やかに雑談し決して眠らず、三尸の虫を体外に出さないという庚申講が各地で盛んに行われた。」
とあり,「人々は人の体内に虫がいると信じそれがさまざまなことを引き起こすという考えを抱いていたので」,
虫の知らせ,腹の虫,腹の虫が治まらない,虫の居所が悪い,虫が(の)いい,虫が(の)好かない,獅子身中の虫等々の言い回しがされた,と。
(人の腹の中に棲むと信じられた虫)
たとえば,「虫のしらせ」の項で,『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/mu/mushinoshirase.html
は,
「虫の知らせの『虫』は、古く、人間の体内に棲み、意識や 感情にさまざまな影響を与えると考えられていたもので、潜在意識や感情の動きを表す。『虫がいい』『腹の虫が治まらない』などの『虫』も、この考えから生じた語である。これら『虫』のつく語の多くが悪い事柄に用いられるのは,生まれた時から人体に棲み。人の眠っているすきに体内から抜け出して,その人の罪悪を天帝に知らせるという道教の『三尸(さんし)・三虫(さんちゅう)』に由来するためと考えられる。」
とする。ちなみに,「三尸」とは,正確には,
「中国,道教において人間の体内にいて害悪をなすとされる虫。早く,晋の葛洪の《抱朴子》には,人間の体内に三尸がおり庚申の日に昇天し司命神に人間の過失を報告して早死させようとすると記す。くだって,宋の《雲笈七籤》所収の《太上三尸中経》では,三尸の上尸を彭倨,中尸を彭質,下尸を彭矯と呼び,この三彭は小児や馬の姿に似,それぞれ頭部,腹中,下肢にあって害をなす。庚申の日,昼夜寝なければ三尸は滅んで精神が安定し長生できると記す。」(『世界大百科事典 第2版』)
「庚申」とは,
「庚申の日に、仏家では帝釈天たいしやくてん・青面金剛しようめんこんごうを、神道では猿田彦を祀まつって徹夜をする行事。この夜眠ると体内にいる三尸の虫が抜け出て天帝に罪過を告げ、早死にさせるという道教の説によるといわれる。日本では平安時代以降、陰陽師によって広まり、経などを読誦し、共食・歓談しながら夜を明かした。庚申。庚申会。」
で,これを「庚申待ち」と呼ぶらしい。「眠っている間」と上記『語源由来辞典』がいうのは,
「庚申(かのえさる)の日の夜眠ると、そのすきに三尸(さんし)が体内から抜け出て、天帝にその人の悪事を告げるといい、また、その虫が人の命を短くするともいわれる。村人や縁者が集まり、江戸時代以来しだいに社交的なものとなった。庚申会(こうしんえ)。」
という意味のようだ。念のため,「三尸」とは,
「三尸(さんし)とは、道教に由来するとされる人間の体内にいると考えられていた虫。三虫(さんちゅう)三彭(さんほう)伏尸(ふくし)尸虫(しちゅう)尸鬼(しき)尸彭(しほう)ともいう。
60日に一度めぐってくる庚申(こうしん)の日に眠ると、この三尸が人間の体から抜け出し天帝にその宿主の罪悪を告げ、その人間の寿命を縮めると言い伝えられ、そこから、庚申の夜は眠らずに過ごすという風習が行われた。一人では夜あかしをして過ごすことは難しいことから、庚申待(こうしんまち)の行事がおこなわれる。
日本では平安時代に貴族の間で始まり[1]、民間では江戸時代に入ってから地域で庚申講(こうしんこう)とよばれる集まりをつくり、会場を決めて集団で庚申待をする風習がひろまった。」
と,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%B0%B8
に詳しい。ついでながら,吐き気がするほど不快である,という意味の,
虫唾が走る,
の「むしず」は,
虫唾,
虫酸,
と当てるが,
溜飲の気味で,胸のむかむかしたとき,口中に逆出する胃内の酸敗液,
のこと。「虫酸が走る」は,そういう状態表現が転じて,忌み嫌うという,価値表現になったということになる。これも「虫」のせい,ということになる。『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/mu/mushizu.html
は,「むしず」の語源は,
「胃の中にいる寄生虫が出す唾液と考えた『虫の唾』とする説と,寄生虫による酸っぱい液なので『虫の酸』とする説がある」
としている。
参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%99%AB
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%B0%B8
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm