2017年06月26日

いたわる


「いたわる」は,

労わる,

と当てる。

ねぎらう,
大切にする,
休養する,

という他動詞と,

骨折る,
病む,わずらう,

という自動詞の意味で,少し違う。前者は,

弱い立場にある人などに同情の気持ちをもって親切に接する,気を配って大切に世話をする,

という意味だが,後者は,

主体の側の主情,

にニュアンスが変ずる。この違いは,旧仮名での,

いたはり(労はり),

には,『岩波古語辞典』に,

「相手をいたわしく思って大切にする意。」

とあり,

(気を配って)世話をする,
(気を配って)養う,
休養する,
介抱する,
病気になる,

と,今日の他動詞と自動詞の意味がまじりあっている。同根とされることばに,

いたはし(労はし),

という形容詞があるが,『岩波古語辞典』は,

「イタは痛。イタハリと同根。いたわりたいという気持ち」

とあり,

(病気だから)大事にしたい,
大切に世話したい,
もったいない,

といった心情表現に力点のある言葉になっている。この言葉は,いまも使われ,

骨が折れてつらい,
病気で悩ましい,
気の毒だ,
大切に思う,

と,主体の心情表現から,対象への投影の心情表現へと,意味が広がっている。

『大言海』は,「いたはし」について,

「労(いたは)るの語根を活用せしむ(目霧(まぎ)る,まぎらわし。厭ふ,いとわし)。」

とし,「労(いたは)る」は,自動詞と他動詞を別項にし,前者については,

「傷むの一転なるか(斎(い)む,ゆまはる。生(うま)む,うまはる)。労(いたづ)くは,精神の傷むになり。爾雅釋詁『労,勤也』」

とあり,後者については,

「前條(つまり自動詞)の語意に同じ。但し,他動詞となる。同活用にして,自動とも他動ともなるもの。往々あり,いたづく,ひらく,の如し。務めて懇ろに扱う意となる。和訓栞,イタハル『人の労を労ねきとしてねぎらふ』,廣韻『労,慰(なぐさむる)也』」

とある。「いたつく」は,『岩波古語辞典』には,

病く,
労く,

と当て,

「イタは,イタミ(痛)・イタハリ(労)などのイタと同根。痛みの加わる意。室町時代以降イタヅキと濁る。」

とある。「いたつく」は,

いたみつく(痛み付く)→いたつく(病く)

と変化したもののようだ(『日本語の語源』)が,どうも,「いた(傷)む」とつながりがありそうである。「いたむ」は,『大言海』は,

「いたむ(痛む)」
「いたむ(傷む)
「いたむ(傷む)」

の三項あり,原点は,

「いたむ(痛む)」

であり,

「至るの語根を活用せしむ(強る,つよむ)。切に肉身に感ずるなり。」

とあり,この体の痛覚を,

「いたむ(傷む)」

は,転じて,

「心切に思い悩むなり。爾雅,釋訓『傷,憂思也』」

と,心の痛みに転化していく。最後の「いたむ(痛む)」は,他動詞として,他者を,対象を痛める。壊す意となる。

さらに,「いたむ」を形容詞の「いたし」で見ても,ここでも,『大言海』は,

「いたし(痛)」
「いたし(痛切甚)」
「いたし(傷)」

の三項立て,「いたし(痛)」は,

「至るの語根を活用せしむ(涼む,すずし。憎む,にくし)。切に肉身に感ずる意。」

であり,「いたむ」と同様に,痛覚が出自である。それが,転じて,

「事情の甚だしきなり。字彙補『痛,甚也,漢書,食貨志,市物痛騰躍』(痛快,痛飲)」

とある。しかし,これは,「痛」の字の説明ではなかろうか。「痛」と「いたし」とが混同されているのか,そこから来ていると言いたいのだろうか。最後の「いたし(傷)」は,身体の痛覚が転じて,

「切に心に悩むなり。爾雅,釋訓『傷,憂思也』」

とある。ここまでくると,「いたい(痛い)」の語源を見るほかない。『大言海』は,

至の語根を活用,

とするが,「至る」では,痛覚とつながらない。『日本語源広辞典』は,

「イタイ(程度の甚だしい)」

とする。方言に,甚だしいショックの意で,「イタイ」と使う例があるとする。『日本語源大辞典』も,

「『痛む』と同根の,程度のはなはだしさを意味するイタから派生した」

とする。

そう考えると,「いたは(わ)る」は,

「痛む」

の,「イタ」と見る『岩波古語辞典』の説が妥当ということになる。

イタイ(痛い)→イタム(傷む)→イタワシ(労わし)→イタワル(労わる),

と,流れの是非はともかく,おおよそ,主体の痛覚から,心の傷みに転じ,それが他者へ転嫁されて,他者の傷みを傷む意へと,転じていったということになる。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)


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posted by Toshi at 04:33| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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