2017年06月30日

たらちね


「たらちね」というと,

「アァラ、わが君! アァラ、わが君!」
「アァラわが君。日も東天に出御(しゅつぎょ)ましまさば、うがい手水に身を清め、神前仏前へ燈灯(みあかし)を備え、御飯も冷飯に相なり候へば、早く召し上がって然るべう存じたてまつる、恐惶謹言」

と,新妻が,夫八五郎を起こす,落語「たらちね」を思い出す。その詳細は,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%9F%E3%82%89%E3%81%A1%E3%81%AD

に譲るが,

「たらちねは江戸落語の演目の一つである。漢字表記は『垂乳女』。上方落語で『延陽伯』(えんようはく)という題で演じられているものを東京に移植した。」

という。「たらちね」は,

足乳根,
垂乳根,

と当てる。『広辞苑』には,

「乳を垂らす女,また乳の足りた女,満ち足りた女の意などという」

とあり,

母親,
ふたおや,

と,何やら矛盾した意味が載り,さらに,

(母を意味する「たらちめ」の語が生じたことから)父親,

と,さらに意味が分からなくなる。通常,

たらちねの母,

と,母・親に掛かる枕詞と記憶している。『岩波古語辞典』には,「たらちね(垂乳根)」は,

「枕詞『たらちね』の転用」

とある。因みに,

たらちめ(垂乳女),

は,母の意で,

「垂乳根からの類推でつくられた語。『たらちを』をの対」

とあり,「たらちを(垂乳男)」は,父の意で,

「タラチネから生じたタラチメを母の意とするのに対してつくられた語」

とである。元になった,

たらちね,

は,『大言海』は,

足乳根,

と当て,

「タラチは,足らしにて,賛辞(たたへことば),足日子(たらしひこ),足比賣(たらしひめ)の如し,ネは,尊称」

とする。そして,

「母の枕詞。後には,両親に通じても用い,又,別に,タラチメ(母),タラチヲ(父)などと云ふ語も出て来て,それをまた,直ちに,名詞として,父母の事にも用いる」

と説明する。語源は,『大言海』説以外にも,

タラチはタラシ(例足)の義で賛めことば(北辺随筆),
タラシネ(足使根)の義(名言通・日本語源),
乳を垂れて子を育てるからか(万葉代匠記・万葉集類林・天野政徳随筆),
垂れた乳をもった母の意か(和訓栞),
ヒタラシネ(日足根)の略転。根はほめことば(冠辞考),
美称タル(足),チ(主),敬称ネの義(日本古語大辞典),
タラチネ(垂血根)の義(柴門和語類集),

等々あるが,いずれも,隔靴掻痒,語呂合わせに見える。こういうときは,音韻変化から探るのが王道のようだ。

「たらちね」と同義の枕詞,

たらちし,

が,『岩波古語辞典』の,「たらちね」の直前に載る。

「「母にかかる。『垂乳し』(シは意義不明)の意か。また『足らしし』(養育する意)の転か。」

と説く。『日本語の語源』は,

「タルチチ(垂る乳)はタルチシ・タラチシ(垂乳し)に転音して母の枕詞になった。〈タラチシ母にうだかえ(抱かれて)〉(万葉)。ちなみに,タラチチメ(垂乳女)はタラチメ(垂乳女)に転音した。さらにはメが子音交替[mn]をとげてタラチネ(垂乳根)に変化した。〈タラチネの母が手離れ〉(万葉)。」

とある。つまり,

「タルチチ(垂る乳)の母は,タラチチ・タラチシ(垂乳し)になった。タルチチメ(垂る乳女)の母は,タルチメ・タラチメ(垂乳女)を経て,(子音交替[mn]をとげて)タラチネ(垂乳根)になった。」

タルチチノ(垂る乳の)→タルチシノ・タラチシノ(垂乳し)
タルチメノ(垂乳女の)→タラチメノ(垂乳女の)→タラチネノ(垂乳根)

と転音して,それぞれ母の枕詞となった,とする。どうも,「垂乳」という状態表現が音韻変化していく,という流れが説得力がある。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm

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