2017年07月02日

国衆


鈴木将典『国衆の戦国史』を読む。

国衆の戦国史.jpg


「国衆」とは,

「戦国時代に一定の領域(おおむね一郡から数郡程度)を支配した領主」

を指す。現代の学術用語では,

戦国領主
地域領主,

と呼ばれる。多くは,

「戦国大名の傘下に入ることで家の存続を図り,もし戦国大名が弱体化するなどの理由で,家の存続が保障されなくなった場合は,他の戦国大名に従属したり,複数の戦国大名に『両属』したりすることもあった。」

とされる。本書では,徳川家康の例を挙げて,

「家康は西三河を支配する国衆・松平氏の惣領家(安城松平氏)に生まれたが,父の松平広忠(1526~49)が駿河の戦国大名今川氏に従属したことにより,人質として今川氏の下に送られ,成人後は今川義元(1519~60)から『元』の偏諱(実名の一字)を与えられて『元信』(後に『元康』)と名乗った。
 しかし,永禄三年(1560)五月に義元が尾張・桶狭間(名古屋市緑区・豊明市一帯)で戦死し,今川氏の勢力が衰えると,家康は今川氏から独立して他の国衆たちを従属させ,三河を制圧して永禄九年(1566)に『徳川』へと改姓し,戦国大名化を果たしている。」

本書は,遠江の国衆の戦国時代の興亡を描く。「遠江」とは,「うみ」

http://ppnetwork.seesaa.net/article/448421529.html

で触れたように,琵琶湖が,

「都から近い淡水の海として近淡海(ちかつあふみ、単に淡海とも。万葉集では『淡海乃海』(あふみのうみ)と記載)と呼ばれた。近淡海に対し、都から遠い淡水の海として浜名湖が遠淡海(とほつあふみ)と呼ばれ、それぞれが『近江国(おうみのくに、現在の滋賀県)」と遠江国(とおとうみのくに、現在の静岡県西部)の語源になった。別名の鳰海(におのうみ)は、近江国の歌枕である。」

とある。「遠江」を,

とおとおみ,

と呼ぶのは,浜名湖が遠淡海(とほつあふみ)と呼ばれていたことに由来する,現在の静岡県西部(大井川以西)を指す。端緒は,

「文明五年(1473)に駿河の今川義忠(1436~76)が遠江へ侵攻したのが始まり」

で,

「天正十年(1582)三月に甲斐の戦国大名武田氏が滅亡したことによって,遠江は徳川氏と武田氏が争う『境目』(紛争地域)の状態から解放され」

で,終る。全国的には,

「戦国時代は,天正十八年(1590)に秀吉が関東・奥羽の戦国大名を従属させて,『天下一統』を成し遂げた」

時に終る。この間百年余,

今川,
北条,
武田,
徳川,

という戦国大名に翻弄され,あちらにつき,こちらについて,生き残りを図り続けた。今話題の大河ドラマの「直虎」の井伊谷は,三河と接する地域で,まさに,今川,徳川,更に武田に翻弄され続ける。

本書では,「直虎」について,「次郎直虎」と署名し,花押を据えている書状等々から,

「『次郎法師』と『二郎』『井次』『次郎直虎』が同一人物であることは確実だろう。だが,戦国時代に女性が花押を用いた例はなく,…寿桂尼(今川氏親の後室)のように,印判を用いて仮名書きの文書を発給するのが一般的である。また,直虎が女性であったことを示す証拠は,後世の系図や『井伊家伝記』のような編纂物に基づいており,逆に同時代の史料ではまったくみられない。」

と否定的である。そして,

「直虎は永禄十一年(1568)十二月に(徳川の侵攻を受けて)本拠の井伊谷を追われ,後に直政が徳川家康の家臣に取り立てられて再興を果たしたが,『国衆』としての井伊氏は没落している。」

ということになる。

井伊直政.jpg

(井伊直政)


では家康に与し本領を安堵された他の国衆はどうなったのか。

「天正十八年(1590)七月に家康は羽柴(豊臣)秀吉によって関東へ転封され,徳川氏に従属する国衆たちも本領を離れたことによって,家康から領地を与えられる家臣(大名・旗本)として転身せざるをえな」

くなる。この背景には,

「国衆に対する豊臣政権の政策があった。近年の研究によれば,大名に従属しながら自立的に領域を支配する領主(国衆)の存在を秀吉は認めず,以下の三つの選択肢を彼らに強いたとされる。
 ①豊臣政権に直接従属して,秀吉から領地を安堵される存在(豊臣大名)になる。
 ②豊臣大名の家臣になる。
 ③豊臣政権に従わず,改易される。」

豊臣大名に成れたのは,真田昌幸などわずかであり,ほとんどの国衆は,家臣として生き残るか改易されるかの選択を迫られた。

「そもそも『国衆』という存在は,日本全国で起こった戦乱の中で,地域の平和を維持する『秩序』として成立したものであった」

以上,「天下一統」され,戦国時代が終るとともに,消滅せざるを得なかった,ということだろう。それにしても,戦国時代は,面白い時代であったということだろう。

参考文献;
鈴木将典『国衆の戦国史』(歴史新書y)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%95%E4%BC%8A%E7%9B%B4%E6%94%BF

ホームページ;
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今日のアイデア;
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posted by Toshi at 05:18| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする
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