2017年07月11日

やり


「やり」は,

槍,
鎗,
鑓,

と当てる。「やり」については,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A7%8D

に詳しいが,

img028.jpg


「有史以前から人類が使用し続け、銃剣に代替されるまで長く戦場で使われ続けた。」

とある。『大言海』には,

「遣りの義。尺素往来『遣刀(やり)長刀』と見えたり。鑓は遣鐡の合字」

とある。「鑓」の字は国字なのだが,それは「槍」が「遣り」から来ているという前提で後世に作字されたということではないか。「槍」=「遣り」にはちょっと疑問符が付く。しかし,『日本語源広辞典』も,

「遣り(突きやるもの)」

という語源説をとる。また,『日本語源大辞典』も,

ヤリ(遣り)の義,

とするものが圧倒的に多い(和句解・言元梯・名言通・日本古語大辞典・国語の語幹とその分類・日本語源)。ほかに,

ツキヤル(突遣)の義か(日本釈名・俗語考・古今要覧稿・傍廂),
茅屋を葺くために竹の先を細くとがらせたヤハリ(家針)に似ているところからその略か(類聚名物考),

等々がある。しかし,「やり」を考えるとき,同じように長柄の武器「ほこ」との対比で考える必要がありそうである。

ほこ.png


「ほこ」は,

矛,
鉾,
戈,
戟,
鋒,

等々と当てるが,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%9B

に,

「槍や薙刀の前身となった長柄武器で、やや幅広で両刃の剣状の穂先をもつ。 日本と中国において矛と槍の区別が見られ、他の地域では槍の一形態として扱われる。」

とある。その区別は,日本における「やり」の一般的な構造は,

「木製あるいは複合材の『打柄』の長い柄の先端に、先を尖らせて刃をつけた金属製の穂(ほ)を挿し込んだもの」

とされ,「ほこ」は,

「「穂先の形状に一定の傾向があり、矛は先端が丸みを帯び鈍角の物が多いのに対し、槍は刃が直線的で先端が鋭角である。矛は片手での使用が基本で逆の手に盾を構えて使用した。これに対し槍は両手での使用を前提としていた。」

とされる。そして,「やり」と「ほこ」の違いを,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A7%8D

で,「やり」の初出は,

「宴会で酔った大海人皇子(天武天皇)が槍を床に刺したという伝承」

とされるが,

「大海人皇子が使ったとされる槍も、矛が使われた時代である事から、詳細は不明だが矛とは構造的に異なるものであったと思われる。しかしながら、矛が廃れた後で登場した槍については、同じものを古代は矛、中世以降は槍と称したと解釈して問題ないように思われる。例えば『柄との接合部がソケット状になっているのが矛。茎(なかご)を差し込んで固定する方式が槍』という説があるが、実際には接合部がソケット状になっている袋槍が存在する。新井白石も槍について『"やり"というのは古の"ほこ"の制度で作り出されたものだろう。元弘・建武年間から世に広まったらしい』と著書で述べている。そして文中の記述において、"やり"には"也利"、″ほこ"には″槍"の字を充てている。」

とし,「ほこ」は,

「金属器の伝来と共に中国から伝わってきたと考えられている。材質は青銅製の銅矛で後に鉄で生産されるようになると、銅矛は大型化し祭器として用いられるようになった。 日本の訓読みで『矛』や『鉾』、『桙』だけでなく戈、鋒、戟いずれも『ほこ』の読みがあることから、この時代の「ほこ」は長柄武器の総称であった可能性がある。」

つまり,すべて「ほこ」と訓んだ時代から,次に,すべて「やり」と呼ぶ時代になった,ということなのかもしれない。中国・日本以外は,すべて,

槍,

とされるのだから,他国に準じたという言い方になるのかもしれない。

「ほこ」の語は,『日本書紀』崇神天皇紀四十八年に,

「八廻弄槍(やたひほこゆけし)」

と見えるそうだ。

概して,「やり」は柄に差し込むのに対して,「ほこ」は,柄に被せる構造(槍主流の時代になると,被せるスタイルの槍を「袋穂の槍」と言ってい区別した)だが,両者の比較を,

「柄に被せる袋穂式(ソケット状)と挿し込み式{日本刀の茎(中芯・中心:なかご)のような造り}があり、単純に武器としての耐久強度としては挿し込み式の方が高いが、総合的に見ると絶対的に有利とは限らない。また、これらの接合に使われる部品は必然的に柄の補強とも統合される場合が多い。袋穂式は、完全に包み込むものと両側で挟み込むもの、片側のみで柄と繋ぐものなどがある。柄の製作や修理が比較的容易にできる代わりに、特に斬る・打つことがし難く、造りによっては挿し込み式より頑丈になることもあるが、金属製の補強用材(鉄及び真鍮・青銅など)のため重量が膨大になりやすい。」

としている。

「ほこ」の語源は,たとえば,『大言海』には,

「積木(ほこ)の義と云ふ。」

とする。『日本語源広辞典』は,

「ホ(突出・卓越)+コ(木)」

とする。その他,

ホルキ(掘木),
ホコ(外木),

等々,「木」と絡ませる説が多い。しかし,『日本語源大辞典』は,

「『木(こ)』は下に接続する要素のあるときの形であり,下接しない場合は『木(き)』となるのが普通である」

として,疑問符をつけている。つまり,はっきりしない。

『武家名目抄』刀剱部には,次の記事がある,という。

「按,也利はもとの用の語にて古事記の矛由気といへる由気のごとし。由気は令行(由加世の由気となる。加世のつづまり気なれば也)即こき出してかなたに衝遣ることなれば由気といひ也利といひ,語は異なれば意は全く同じ。おもふに此物古代の長鎗より出て,手鉾に対へて遣鉾といひけんを略して遣りとのみいへるなるべし。建武二年正月三井寺合戦の時土矢間より鑓長刀さし出せしといふこと太平記にしるせしが,此物の見えたる初めにて,是より前鎌倉殿の時さる物ありしこと更に所見なく伊呂波字類抄,字鏡集にも載ざれば元弘建武の際にやはじまりけん。庭訓往来・異制庭訓等はその頃の書なれじ,兵器を書きつらねたる所に也利といふことなきは極めて俗語なれば載ざるなるべし。其文字は鎗とも鑓とも書けど,鎗は保古と訓じ来れば,也利に用ひんこといとまぎらわし。鑓は作り字なれど,今標目になため用ひぬるはかふべき文字の外になく世に用ひ来たれることの久しきが故なり。尺素往来の遣刀の文字は一条禅閤の作意にてかかれたるなれば普通には用ひ難し」(『日本合戦武具事典』)

で,笠間良彦氏は,

「『古事記』には矛由気,『衣服令義解』には鎗,『軍防令義解』には槍の文字をもって『ほこ』と訓ませているから,後世の槍ではなく鉾を由気・槍・鎗の文字を用いていたのである」

とし,

「目的物に衝遣るから由気(行)であり,遣るから也利である」

とするのはこじつけ,としている。

「ほこ」から「やり」への転換は,

「俗説では箱根・竹ノ下の戦いにおいて菊池武重が竹の先に短刀を縛り付けた兵器を発案したとされる。『太平記』などによれば、1,000名の兵で足利直義の率いる陣営3,000名を倒したという。菊池千本槍は、熊本県の菊池神社で見ることができる。後に進化し、長柄の穂と反対側の端には石突(いしづき)が付けられるようになった。
実際には鎌倉時代後期には実戦で用いられていたとみられる。茨城県那珂市の常福寺蔵の国の重要文化財『紙本著色拾遺古徳伝』(奥書は元亨3年11月12日)には片刃の刃物を柄に装着した槍を持つ雑兵が描かれている。」

とされる。因みに,『江戸語大辞典』の「やり(槍)」の項には,

「操り・浄るりの社会用語。やじること。半畳を入れること。」

しか載らない。

参考文献;
笠間良彦『日本合戦武具事典』(柏書房)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%9B
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A7%8D
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)

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