さる


「さる」は,

猿,

と当てるが,

猴,とも当てる。「猿」の字は,

「本字は,『犬+音符爰(エン ひっぱる)』。木の枝をひっぱって木登りをするさる。猿は,音符を袁(えん)に変えた字」

とある。「猴」は,

「『犬+音符侯(からだをかがめてうかがう)』。さるが,ようすをうかがう姿からきた名称」

とあって,これでは差がはっきりしない。これについては,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%AB

に,「さる」について,

「中国では、殷代以来、霊長類をあらわす文字がみられた。殷代には、甲骨文字のなかに霊長類を示すと考えられるものがあった。周代には、『爾雅』に5種類の霊長類があげられており、貜父、猩猩、狒狒、蜼、猱蝯であった。最初の3つは想像上の山怪と考えられるが、蜼はキンシコウ、猱蝯はテナガザルだった可能性がある。貜は、のちに玃とも書かれた。周代には、ほかに猴、狙、獨、狨、果然(猓然)、禺(寓)といった表現があった。猴はマカクをあらわしていたと考えられる。また、狨はキンシコウを、果然(猓然)はリーフモンキーをあらわしていた可能性がある。周末から漢代に成立した『礼記』では、獶という文字が用いられていた。これはマカクを指していたと考えられる。4世紀の屈原は、『楚辞』で猨狖という言葉を用いた。猨は前述の猱蝯の蝯と同義であり、狖とともにテナガザルを指していたと考えられる。のちに、猨の音をあらわす爰(yüan)の部分が同音の袁に置き換えられ、猿の字となったが、これもテナガザルを指していたと考えられる。
猨(猿、テナガザル)と猴(マカク)の区別は、周代には厳然とあり、14世紀までは維持された。しかし、それ以降、テナガザルの分布が南に退くにつれて、両者は混同されていった。野生テナガザルのいない日本でも、両文字は区別されていなかった。現在の中国語では、上で述べたもののうち、猩はオランウータン、ゴリラ、チンパンジーを、猿はテナガザル(長臂猿)を、狒はヒヒを、狨はマーモセットをあらわすために用いられている。また、猴は、全般的に類人猿でない霊長類(英語のmonkeyに相当する分類群)をあらわすために用いられている。日本語では、霊長類一般を指す際にもっぱら猿を用いる。」

とあって,由来がはっきりする。

和語「さる」の語源について,『広辞苑』は,

「和訓栞に『獣中に智のまさりたる義なるべし』とある。またアイヌ語に,猿をサロ,サルウシという」

と注記して,二説挙げる。『大言海』は,

「能く戯(さ)るる故の名。玉襷(平田篤胤)『獣の猿,亦その名を負へるは,彼も,佐流がふ性(さが)のものなればなり』終止形の名詞となれるは,御統(みすまる),調(つぐ)の舟,などあり。嬰孩(あぎとふ),顎問(あぎと)ふなり。猨(えん)と云ふは,手長ざるにて,猿(えん)は,猨の俗字なるが,常にサルに用ゐらる」

と,「戯(さ)るる」説を取る。『日本語源広辞典』も,

「さる(戯る・戯れる)」

を取り,「じゃれる動物,ふざけ合う動物」が語源とする。

にほんざる.jpg

(ニホンザル)


『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/sa/saru_monkey.html

は,

「サルの語源には非常に多くの説があり未詳だが、中でも有力と考えられているのは、獣の中では知恵が勝っていることから『マサル(勝る)』の意味とする説。アイヌ語で『サロ』、また、尻尾をもつものを『さるうし」と言うことから、サルの語源はアイヌ語にあるとする説。古くから神聖視され、馬と共に飼えば馬の病気を砕くと言って馬の守護神とされていたことから、『マル(馬留)』が転じて『サル』になったとする説。漢字『猻』の音ソン『sar』、マレー語の『sero』,インド中部のクリ語『sara』に由来する説などがある』

とする。その他,

http://www.nihonjiten.com/data/45912.html

は,

「知恵が勝っていることから『勝る(マサル)』の意とする説、木にぶらさがることから『サガル』の略とする説、『騒ぐ(サワグ)』の『サ』にルを添えたとする説、『触(サハル)』や『戯(サルル)』の略とする説、サルを意味するアイヌ語『saro(サロ)』が転じた説」

を紹介する。『日本語の語源』は,

「枝をワタル(渡る)毛物は,『タル』がサル(猿)になった」

とする。他にも,

「サアリ(然有)の約サリの音便,物語マネジメントの意から転じた,
サはサハグ,サハガシの野の古語。ルは語助,
食物などをサラへ取るから,サラフ(浚)の義,
さわる所へ取り付くところから,サハル(触)の中略。
木からぶらりと下がるところから,サガルの中略,
人を見ると立ちサル(去)ものであるから,
サルダヒコ(猿田彦)に似ているところから,

等々,嗤えるものも含めて,定説はない。しかし,馬が入ってきたのが,四世紀末から五世紀にかけて,朝鮮半島に出兵した倭国の大軍が,高句麗に大敗して以降,馬と共に伝わったとみられることから,考えにくい。

なお,「うま」については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/451611340.html

で触れた。諸説の中で,「勝る」は,とても真に受ける気がしないのだが,「さる」の異称,

ましら,

について,『広辞苑』は,

「マサ(優)ルの転」

説を載せるので,うかつには否定しにくい。『日本語源広辞典』も,

「マシ(勝る)+ラ(接尾語)」

説を取り,「知恵や運動神経のまさっている動物」のとする。

『大言海』は,

「梵語,摩期咤(マカタ markata 猴と訳す)の転か,一説に,マシはサルの古名,ラは助辞と」

と載せる。この一説を,『岩波古語辞典』は取る。「ましら」は「まし」に同じとし,「まし」について,

「万葉集で助動詞『まし』の表記に『猿』の字を宛てている」

とする。古く,「まし」が猿だったからであろうか。とすると,梵語説はない。「まし」が古形なら,「さる」は,別ルートで入ってきた言葉と見られる。そう見ると,

漢字『猻』の音ソン『sar』

といった外国語『由来・語源辞典』ではないか,と思いたくなる。ちなみに,「さる」には,

えてこう,

と言う呼び名もある。

『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/e/etekou.html

は,

「エテ公の『エテ』は、サルの音が『去る』に通ずるのを忌み、『去る』の反対の意味となる『得る』を用いたもので、手に入れる意味の『得手(えて)』という。『得手』には最も得意なことの意味もあり、それは他の者に『優る・勝る(まさる)』ことに通ずるため、『真猿(まさる)』と掛けた洒落であったとも言う。えてこうの『公(こう)』は,擬人化して親しみの気持ちを表す語で、同じように『吉』を用い、『猿吉(えてきち)』とも呼ばれる。」

とする。しかし,『大言海』は,「去る」を忌むほかに,

「得手の義。猿は物を摑めば離さず,人の金銭を握りて出さぬことを忌みて,芸人・職人などの,反語に言い変へると云ふ」

との説を合わせて載せる。こう見ると,「えて公」は,後世のものということになる。

参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm

この記事へのコメント