2017年07月25日

けしからん


「けしからん」は,

怪しからん,

と当てるが,

けしからぬ,

であり,

けしからず,

でもある。「けしからず」について,

「打消しの助動詞ズが加わって,ケシの,普通と異なった状態であるという意味が強調された語とも,ズの打消しの作用が『…どころではない』の意となった語ともいう」

と,『広辞苑』に載る。「けし」でない,という意味と,「けし」の強調と,真逆の意味になる。だから,前者なら,

怪しい,異常である,
よくない,感心できない,
不法である,不都合である,

となるし,後者なら,

甚だしい,
並外れている,すごい,

という意味になる。因みに,「けし」は,

怪し,
異し,

と当てる。

「け(異)の形容詞形。平安女流文学では,『けしうはあらず』『けしからず』など否定の形で使うことが多い」(『岩波古語辞典』),
「け(異)は,奇(く)し,異(け)しの語根」「異(け)を活用せしむ。奇(く)しと通ず」(『大言海』),

で,

「普通と異なった状態,または,それに対して不審に思う感じを表す」

ので,おおよそ,

①在るべき状態と異なっているさま,よくないさま,非難すべきである,
②変っていることに対して不審に思うさま,怪しげだ,
③怪しいまでに甚だしいさま,ひどい,

という意味になる(『日本語源大辞典』)。つまり,「けし」も,それを否定した「けしからん」も,ほぼ同じ意味となるということになる。ということは,「けしからず」の「ず」,「けしからぬ」の「ぬ」,「けしからん」の「ん」が否定の意味なのか,という疑問がわく。『岩波古語辞典』は,「けしからず」について,

「『け(怪)し』の普通でない意を更に打ち消して,普通でないどころではない,と強調した表現。平安時代には,ケシカリの形はほとんど見えず,中世以後にはケシカリとケシカラズとがほぼ同じ意に使われた。現代語のトンダ・トンデモナイの類」

とする。しかし,『日本語源大辞典』は,上記「けし」の三つの意味について,

「上代では,『古事記』や『万葉集』に連体形のケシキがみられる。中古になると連用形のケシクとその音便形ケシウが②の意味(変っていることに対して不審に思うさま)で用いられることが多くなる。またケシウは③のように打消しを伴い,『たいして良くない』『たいして悪くない』『格別なことではない』の意味で使用されることが多くなる。さらに『けし』を否定した形の『けしからず』が意味的に肯定に使われることが多くなり,近世以降は,『けしからず』が『けし』にとって替わった。」

とする。この説に従うと,「けし」と「けしからず」は同じ意味だったということになる。

けし→けしからず→けしからぬ→けしからん

という変化,ということになる。しかし,『日本語の語源』は,

「『はなはだあやしい。ふつごうだ』という意味のケシカラム(怪しからむ)は,推量のムが撥音化してケシカランというようになった。文章を書くに当たって撥音を復原するとき,紫式部は,推量のムであるべきを打消しのヌと誤認して,〈かくケシカラヌ心ばへは使ふものか〉(源氏・帚木)とした。それでは『怪しくない』という意味になる。語義の矛盾に気付いた学者は“意味の反転”でかたづけてきた。」

とする。この説を信ずると,すくなくとも,否定の助動詞「ず」を使う,

けし→けしからず→けしからぬ→けしからん,

とは別に,推量の「む」に端を発する,

けし→けしからむ→けしからん,

という流れがあったのではないか,と想定できなくもない。

「けしからん」の語源説の多くは,たとえば,『日本語源広辞典』の,

「ケシ(怪シ・異シ)の未然形ケシカラ+ン(ズ・打消し・強調)」,

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1053634145

「『怪し(けし)』『怪しかる(けしかる)』…に、打ち消しの『ぬ』が付いた『けしからぬ』が、否定にならず、逆に意味を強める働きになって、『ぬ』が『ん』に転じた」

http://mobility-8074.at.webry.info/201612/article_20.html

「『けしからず』 は 形容詞『けし』 の未然形『けしから』に否定の助動詞『ず』 がついたものです。〈異常だ〉 の意味の 「けし」 を否定したとなると 〈異常ではない,変ではない〉 ということになってしまいますが,否定の助動詞は,時に,動詞や形容詞を強調する働きをすることがあります。」

『由来・語源辞典』

http://yain.jp/i/%E3%81%91%E3%81%97%E3%81%8B%E3%82%89%E3%82%93

「本来の形は『けしからず』で、形容詞『異(け)し』の未然形に打ち消しの助動詞『ず』がついた語。『ず』の連用形『ぬ』の終止法が広まるにつれて『けしからぬ』と変化し、さらに『けしからん」となった。』

等々。しかし,「未然形」だからこそ,「推測の助動詞む」ということもまたあり得るのではないか。

参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

今日のアイデア;
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posted by Toshi at 04:40| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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