2017年07月27日

とんだ


「とんだ」は,「とんだところを」

http://ppnetwork.seesaa.net/article/424967288.html

でふれた,例の歌舞伎『天衣紛上野初花 (くもにまごううえののはつはな) 』の河内山宗俊のフレーズ,

「思いのほかに帰りがけ、とんだところを北村大膳。」

でいう,「とんだ」である。『広辞苑』には,

「『飛んだ』で,飛び離れている意か」

とあり,『岩波古語辞典』にも,

「飛び離れた意から」

とあるが,『江戸語大辞典』には,

「順を追わず飛んだの意」

とある。これが一番意味が通じる。「とんでもない」

http://ppnetwork.seesaa.net/article/452135728.html?1501012456

で触れたように,「とんでもない」の語源とされる言葉でもある。

普通と違った,風変わりな,
思いがけなく重大な,思いもよらない,

といった意味で,『大言海』の,

意外なる,案外なる,

という意味がぴたり来る。そこから,

非常に,

という副詞的に使われるようにもなる。「とんだところへ北村大膳」は,

「『とんだ所へ来た』の『きた』に『北村』の『きた』を掛けて続けた言葉遊び…で、松江侯の屋敷に宮家の使僧と偽って乗り込んできた河内山が、家臣の北村大膳に正体を見破られて言う」

台詞だが,そのほかにも,

とんだ茶釜,

という言い回しがあったらしい。

「とんだよいもの。とんだ美人。江戸、谷中笠森の茶屋女お仙の美しさに対して言い出された流行語」(『デジタル大辞泉』)

らしく,

「江戸谷中  、笠森稲荷 (いなり) 境内の水茶屋鍵屋の娘。明和(1764~1772)のころ、浮世絵に描かれて評判となった美人。黙阿弥の『怪談月笠森』などにも戯曲化された」

とある。『江戸語大辞典』には,

「明和・安永の流行語。美女をほめて言う語」

で,笠森稲荷の水茶屋女お仙説以外にも,上野山下の水茶屋お筆説というのもあるらしいが,明和以前,宝暦期の黒本に見える,とある。

美人の意から転じて,芸などをほめる語となり,さらに転じて,「飛んだ事」,

と同義にも用いる,とある。因みに,水茶屋については,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E8%8C%B6%E5%B1%8B

に詳しく,

「江戸時代、道ばたや社寺の境内で、湯茶などを供して休息させた茶屋である。『掛茶屋』」

ともいい,

「『江戸真砂六十帖広本』には、『江戸町々に水茶屋始むる事、浅草観音、芝神明、其の外宮地寺々には古来より有り来る。享保十八丑年嵯峨釈迦如来回向院にて開帳、両国橋の川端に茶や出来、元文四年信州善光寺回向院にて開帳、両国五十嵐向広小路に大和茶壹ぷく壹銭に売る茶屋出来、同朋町源七といふ者大阪者にて仕出す、段々今は町々に出る』とある。『守貞漫稿』によれば、水茶屋では、最初に、1斤の価6匁くらいの茶を茶濾の小笟に入れ、上から湯を注したものを出し、しばらくいると、別に所望しなくても塩漬の桜か香煎を白湯に入れて出し、客の置く茶代は、1人で100文置く者もいるし、4、5人で100文あるいは200文置くこともあるが、1人の場合、標準は24文から50文の間であるという。」

とあり,

「給仕の女性で評判が高かったのには、明和年間の谷中笠森稲荷境内鍵屋のおせん、寛政年間の浅草随身門前難波屋のおきた、両国薬研堀の高島おひさなどの所謂『看板娘』がいた。彼女らは鈴木春信、喜多川歌麿などによって一枚絵にまで描かれた。今でいう『プロマイド』である。また看板娘の名前は店の雰囲気を変えるために店にいるときの名前、つまり「芸名」であることが多い。その風俗は、寛政年間の『青楼惚多手買』(せいろうほたてがい)に、「丈長で髪あげして、はげて落るやうに口紅をこくつけ、黄楊の水櫛おちるやうに横ツちよの方へチヨイとさし、頭痛の呪いとみえて、不審紙のやうにくひさき紙を丸くして両方の小鬢さきへ貼り、藍立縞の青梅の着物に、尻の方まで廻る幅広いセイラツのかはり縞の前垂に蛇口にした緋縮緬の紐をかけ」などと見える。」

とある。なお,笠森お仙については,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%A0%E6%A3%AE%E3%81%8A%E4%BB%99

に詳しく,

お仙.jpg

(鈴木春信「お仙茶屋」)


「大田南畝が『半日閑話』で、『谷中笠森稲荷地内水茶屋女お仙美なりとて皆人見に行き』と記し、『向こう横丁のお稲荷さんへ 一銭あげて ざっと拝んで おせんの茶屋へ』と手毬唄に歌われ、お仙を題材にした狂言や歌舞伎が作られるほど一世を風靡し、お仙見たさに笠森稲荷の参拝客が増えたという。。また、「鍵屋」は美人画の他、手ぬぐいや絵草紙、すごろくといった所謂「お仙グッズ」も販売していた。」

とある。その他に,「とんだ目に遭うた」の「おうた」に「太田」を掛けて続けた,

とんだ目に太田道灌,

あるいは,

とんだ霊宝,

という,

「江戸両国で興行された見世物の一。三尊仏・不動明王・鬼などを乾魚や乾大根で細工し見世物としたもの。転じて、とんだこと、の意にいう」

という言い回しもあった。『江戸語大辞典』には,もう少し詳しく,

「安永五年十二月,両国広小路で興行された見世物の一。開帳の霊宝に擬して,魚の乾物や野菜類で三尊仏,不動明王などを作ったもの。観覧料八文。」

とある。さらには,

とんだ茶釜が薬鑵に化けた,

というのも,明和・安永の流行語としてある。「とんだ茶釜」と同じ意味だが,

「一は,明和七年二月,谷中笠森稲荷の水茶屋女お仙が引退し御家人何某の褄になった跡へ薬鑵頭の親爺(老父とも)が出たのを戯れたとし,一は,お仙が引退したかと思うと上野山下の水茶屋のお筆なる美女が現れたるによると言い」

いずれともはっきりしないという。いずれにしても,「お仙」に絡んだ逸話らしい。

「とんだ」については,「飛んだ」が通説なのだが,『日本語の語源』は,全く違う音韻変化の中に,「とんだ」を位置づけてみせる。

「トホウ(途方)は,『すじみち。条理』とか『手段。方法』という意である。『どうしてよいか手段・方法が分からないで,困りきる』ことを『途方に暮れる』という。
 『途方もない』は『情理にはずれている。めちゃくちゃである。とんでもない』という意味である。上方語ではトーモナイ,トームナイとか,トーナイに転音して『トーナイえらいめにおうた』という。あるいはトヒョーモナイという。
『途方もない』を漢語化してムトホウ(無途方)といった。撥音を強化するときムテッポー(無鉄砲)になった。『無法。むこうみず』の意である。
 語頭を落としたテッポーはデンポー(伝法)になった。『悪ずれがして荒っぽいこと。無法なことをする人。勇みはだ』『仁侠をまねる女。勇みはだの女』のことをいい,『浮世風呂』『浮世床』に用例が多い。(中略)
 トテツ(途轍)は『すじみち。道理』という意味の言葉で『途方』と同類語である。トテツモナイ(途轍も無い)は『いじみちがない。途方もない。とんでもない』という意味の言葉である。『ツ』を落としてトデモナイ(菅原伝授)といい,撥音を添加してトンデモナイ(浄・職人鑑)になった。
 さらに,下部を省略してトンダになったが原義を温存していて〈トンダめにあいの山〉(膝栗毛)という。」

これによれば,

トテツモナイ→トデモナイ→トンデモナイ→トンダ,

と,「とんでもない」も,「途轍もない」の転訛で,「とんだ」は,「とんでもない」の下略,ということになる。

参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%A0%E6%A3%AE%E3%81%8A%E4%BB%99
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

今日のアイデア;
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