吉田伸夫『宇宙に「終わり」はあるのか-最新宇宙論が描く、誕生から「10の100乗年」後まで』を読む。
本書は,ビックバンから,「10の100乗年」後の,ビッグウィンパーと呼ばれる,宇宙の終焉までを描く。その意味では,
「ビッグバンから138億年後の現在は,宇宙が誕生した“直後”にすぎない」
のだそうだ。僕の理解では,急膨張の直前の,急拡大,爆発のイメージに近いが,著者は,
「ビッグバンは,巨大な爆発などではない。異常な高温状態にある一様な空間が整然と膨張を始めたものであり,生前とした膨張だからこそ,その後に続く宇宙の進化が可能になったのである。」
と書く。つまり,
「最初に膨張を始めたきっかけが何もない」
のである。著者は,さらにこう付け加える。
「これは,答える必要のない謎なのかもしれない。膨張が始まらなければ天体も形成されず生命も登場しないので,なぜ宇宙がかくあるのかなどと誰も悩まないからである。もしかしたら,宇宙は無数に存在するのかもしれない。その中に,何の理由もなく全くの偶然で膨張を始めた宇宙があり,そこに発生した生命の一つである人類が,『なぜ宇宙空間は膨張を始めたのか』と無駄に悩んでいるだけということもあり得る。」
しかし,「なぜ膨張を始めたか」について,現代物理学は,こういう説明をしている。
「現代物理学では,空間は物質を入れる容器ではなく,物理現象の担い手である『場』と一体化した物理的実在と見なされている。暗黒エネルギーが,こうした場が有するポテンシャルエネルギーだとすると,押し込められたコイルバネと同じように,蓄えられていたエネルギーが何らかのきっかけによって外部に放出されることも起こり得る。
暗黒エネルギーの担い手となる場があるとして,それがどんな性質を持つのかはほとんどわかっていない。取りあえず,インフラトン場という名前だけが与えられている。ポテンシャルエネルギーの大きさは,インフラトン場の強さ(電場や磁場の強度と同じような場の値)の関数になるはずだが,関数形は不明である。インフラトン場の値が常に一定ならば,ポテンシャルエネルギーも不変で,新たな現象は何も起きない。しかし,マザーユユニバースのどこか一部でインフラトン場の値が変動し,それに伴ってポテンシャルエネルギーが減少するような事態が生じたとしよう。このとき,エネルギー保存の法則に従って,インフラトン場以外の場にエネルギーが供給され,場が激しく震動することでさまざまな物理現象を引き起こす。」
と。この前提は,
「暗黒エネルギーが常に一定の値ならば,マザーユニバースでは,物質的な現象が何も生起しないまま永遠に時が過ぎていくだけである。しかし,暗黒エネルギーがポテンシャルエネルギーの一種であるならば」
ということから想定されている。
「宇宙に内在するエネルギーによって加速膨張する宇宙は,膨張すること自体がアインシュタイン方程式から導かれる自然な過程であり,地上から打ち上げる物体のように,最初に速度を与える必要がない。つまり,ド・ジッター宇宙は,ビックバンが持つ不自然さの多くを回避している。」
因みに,ド・ジッター宇宙とは,物質のない宇宙で,「物質同士が引きあう重力がないので」一貫して膨張し続ける宇宙である。
「アインシュタイン方程式を信じると,ド・ジッター宇宙は,ある瞬間に誕生するのではなく,…永遠の過去から膨張し続ける…。加速度自体が増えるために,宇宙は指数関数的に巨大になっていく。物質がないので,天体が形成されることはなく,もちろん,ブラックホールも存在しない。…どこを見ても一様に何もない虚無の世界となる。」
だから,
「この宇宙が絶対的な虚無の世界であるマザーユニバースから生まれたというアイデアが正しいとすると,物質は初めから存在したのではなく,インフラトンのエネルギーが解放されて高温状態になったビッグバンの際に,何らかのメカニズムによって生まれたと考えなければならない。」
そのメカニズムは,こうである。
「量子論によると,結晶の振動エネルギーや原子の内部エネルギー,電子の角運動量などの物理量が,それまで考えられていたような連続的な値ではなく,とびとびの値しか取れない…。例えば,固体比熱の理論によると,結晶内部で原子が振動するときのエネルギーは,基準となるエネルギーの整数倍にしかならない。この基準エネルギーは,『エネルギー量子』と命名された。結晶全体の振動エネルギーは,エネルギー量子というエネルギーの“塊”が何個あるかという形で表現できる。振動が波の形で伝わるときは,エネルギー量子が移動することになり,その際,移動に伴う運動エネルギーが付け加わる。
こうした性質は,結晶に限らず,振動するあらゆるものに共通する。したがって,電磁場のような振動する場に量子論を適用すると,エネルギー量子があたかも粒子のように振る舞うことが示される。これが,場から“粒子のようなもの”が生み出されるメカニズムである。こうした粒子的なものは,素粒子と呼ばれる。」
つまり,
「質量が『物質の量』ではなく『内部エネルギー』だと考えると,物質のないマザーユニバースから物質を含む我々の宇宙が誕生したことが,すんなり納得されよう。この宇宙が誕生したのは,インフラトン場がポテンシャルエネルギーを解放した結果だと考えられる…。このとき,解放されたエネルギーによって物質の場が激しく震動し始めたため,膨大な数の素粒子が生まれてきたのである。この見方によれば,物質はビッグバンにおけるエネルギーの残滓であり,物質現象は全て,始まりの瞬間にもたらされたエネルギーが引き起こしていることになる。」
と。こうして本書は,
始りの瞬間,
宇宙歴10分まで,
宇宙歴100万年まで,
宇宙歴10億年まで,
宇宙歴138億年まで,
と現時点に到達し,そこから,「研究者が自信を持って語れるのは数百億年先まで」を超えて,
宇宙歴数百億年,
宇宙歴1兆年まで,
宇宙歴100兆年まで,
宇宙歴1垓(10の20乗)まで,
宇宙歴1正(10の40乗)まで,
宇宙歴10の100乗以降,
と,最後は,ビッグウィンパーへと至る。さすがの中国の単位も,
1正(10の40乗)
1載(10の44乗)
1極(10の4ゆ乗)
1恒河沙(10の52乗)
1阿僧祇(10の56乗)
1那由多(10の60乗)
1不可思議(10の64乗)
1無量大数(10の68乗)
までしか,数の単位を想定していない。その先の10の100乗年先の話である。
ウィルキンソン・マイクロ波異方性探査機(Wilkinson Microwave Anisotropy Probe: WMAP)によって得られた宇宙マイクロ波背景放射((CMB))の画像
すでに1兆年先には,ビッグバンの証拠も,膨張し続けた証拠,
ハッブルの法則(「他の銀河が,距離的にはほぼ比例する後退速度で天の川銀河から遠ざかる」),
ビッグバンの核融合理論値(宇宙に存在する元素のわりあいは,水素全体の3/4,残りの大半をヘリウムが占める),
宇宙背景放射(ビッグバンの余熱が宇宙歴38万年の熱放射という形で残っている),
その痕跡はまったく消えてしまう。そして,宇宙歴10の100乗年以降,
ビッグウィンパー,
と名づけられた,永遠の静寂を迎える。
ビッグウィンパーとは,エリオットの詩からとられている,という。
「全てのブラックホールが蒸発し,物理現象がほとんど何も起きなくなった熱死に近い状態」
である。ビッグウィンパーとは,
すすり泣きの声,
であり,エリオットの「うつろな人間」の,
これが世界の終わり方だ。
これが世界の終わり方だ。
これが世界の終わり方だ。
轟音(bang)ではなく,すすり泣き(whimper)とともに。
から来ている。
ビッグウィンパー,
とは,なかなか知的な命名である。
参考文献;
吉田伸夫『宇宙に「終わり」はあるのか-最新宇宙論が描く、誕生から「10の100乗年」後まで』(ブルーバックス)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%83%E3%82%B0%E3%83%90%E3%83%B3
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