おくの細道
松尾芭蕉『奥の細道 俳諧紀行文集』を読む。
昔,読んだとき,殺生石を見物したあと,西行ゆかりの遊行柳のもとで詠んだ,
田一枚植ゑて立ちさる柳かな
という句が強く印象に残った。やはり今回も,
時間を折り畳んだ,
ようなこの句に,惹かれる。「おくのほそ道」本文は,
「清水ながるるの柳は、蘆野の里に有りて田の畔にのこる。この所の郡守戸部某の、この柳みせばやなど折々にのたまひ聞こえ給ふを、い づくの程にやと思ひしを、今日この柳の蔭にこそ立ちより侍りつれ。」
とあり,上記の句がつづく。田一枚植え終るまで佇んでいた時間が,一瞬に折り畳まれている。思い込みかもしれないが,こうした時間の折り畳み方をした句は,あまりないように思う。
この柳は,
道のべに清水流るる柳陰しばしとてこそ立ち止まりつれ ,
という西行の歌で知られるらしいが,この西行の柳を主題にして、謡曲「遊行柳」によって,「遊行柳」として広く世に知られるところとなり,歌枕の地となった,と言われる。
もうひとつ,「おくのほそ道」ですきな句は,旅立ちの,
行く春や鳥啼き魚の目は泪,
という句で,物の本には,
鳥啼き魚の目は泪
は常套句と評していたが,
https://blogs.yahoo.co.jp/yan1123jp/16244088.html
によると,いくつか出典と想定されるものがあるらしい。
感時花濺涙
恨別鳥驚心(杜甫)
王鮪懐河岫
晨風思北林(文選古詩)
枯魚過河泣
何時還復入(古楽府)
羈鳥恋旧林
池魚思故淵(陶淵明「帰田園居」)
春眠不覚暁
処処聞啼鳥(孟浩然「春暁」)
千里鶯啼綠映紅
水村山郭酒旗風(杜牧「江南春」)
等々。しかし,僕は,この句を見ると,
月落烏啼霜満天
江楓漁火対愁眠手いる。
姑蘇城外寒山寺
夜半鐘声到客船(張継「楓橋夜泊」)
を思い出す。たしか,もう30年以上前になるが,長安(西安)に旅行した時,ホテルで店を開いていた書家に,隷書で,この詩を扇に書いて貰った記憶がある。もちろん,
月落ち烏啼いて霜天に満つ
だから,季節も,時間も違うし,「鳥」ではなく,「烏」だ。でも,他の出典に比べて,句の調子が合う,と勝手に思っている。
幾つか心に引っ掛かった句を拾っておく。
眉掃(まゆはき)を俤(おもかげ)にして紅粉(べに)の花(おくの細道)
馬に寝て残夢月遠し茶の煙(野ざらし紀行)
死にもせぬ旅寝の果よ秋の暮(野ざらし紀行)
僧朝顔いく死 にかへる法の松(野ざらし紀行)
旅人と我が名よばれん初ぐれ(笈の小文)
冬の日や馬上に凍る影法師(笈の小文)
言葉の陰翳が,背後に,どれだけの時間と空間を想定させるか,言葉の向こうに見るものは,おのれ自身でしかない。とつくづく思う。メタファというかアナロジーというか,それは,詠む人ではなく,読む人次第ということかもしれない。
この道や行く人なし秋の暮(元禄7年)
参考文献;
松尾芭蕉『奥の細道 俳諧紀行文集』( Kindle版)
http://www.bashouan.com/pbYugyouyanagi.htm
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm
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