2017年09月01日
会話
ルイーザ・ギルダー『宇宙は「もつれ」でできている-「量子論最大の難問」はどう解き明かされたか』を読む。
本書は,著者が,「読者のみなさんへ」で,ハイゼンベルクの,
「科学は実験に基づく」が、「科学は対話に根差している」
という言葉を引いているが, その通りに,
「量子力学の完成は必然的に、 彼ら当時の物理学者たちが互いにコミュニケーションを取り合わないかぎり、ありえなかった。アインシュタインやボーア、ハイゼンベルク、シュレーディンガー、パウリ、ボーム、ディラックら、錚々たる物理学者たちが直接会って会話をしたり、手紙のやり取り(当時は電子メールなどあろうはずがない!)をしたりすることで侃々諤々の議論が闘わされ、20世紀の初頭から約30年の歳月をかけて、1930年代に量子力学が完成 したのである。」(監訳者(山田克哉))
との,「侃々諤々の議論」を,まるで見てきたように,再現して見せる。著者は,
「長年にわたって彼らが交わしたさまざまな形によるコミュニケーションを、あたかも彼女自身が直接、見聞したかのような鮮やかな〝口調〟で語っている。本書の執筆にあたり、ギルダーは8年半もの歳月をかけて、先人たちが執筆した論文や書簡、公の場での発言や討論の記録などを渉猟したという。史実に裏打ちされた再現ドラマは実にヴィヴィッドに描かれて」
いる。著者自身,
「本書は『会話』から成り立っている。会話によって、我々が日々暮らし、体験する世界がさりげなく、あるいは劇的に変わることがあるように、物理学者たちの活発な会話によって、いかに量子力学の発展の方向性が繰り返し変わってきたかについて語った本 である。本書で描かれる会話会話はすべて何らかの形で、本文に明記された日付に交わされたものであり、その一つひとつの要旨を完全に記録したものである」
と述べ,1923年夏にコペンハーゲンの市電で量子論の創始者の二人、アルベルト・アインシュタインおよびニールス・ボーアと、量子論の偉大な教師であっ たアルノルト・ゾンマーフェルトとの 間で交わされた会話が,実際の手紙ややり取りを繋ぎ合わせたものであることを明かしている。
本書の,「量子論最大の難問」とは,監訳者(山田克哉)は,「まえがき」で,こう説明する。
「『量子』とは、ときに〝 波〟のごとくふるまったり、ときに〝 粒子〟のごとくふるまったりする物理的な『実体』 で、光子や電子が典型的な量子である。一般に、量子は内部構造をもたないが、エネルギーや運動量、スピン(自転)などの 物理量を有している。
二つの量子のあいだでいったん相互作用が生じると、その二つの量子は『相関』をもつと言われる。相関をもった二つの量子がどんなに離れていっても─たとえ互いに100兆㎞ 離れても─ 、その相関性は完全に保たれる。二つ のうち、一方の量子の物理状態(たとえばスピン)だけを実際に測定器を使って測定し、その値をはっきりと確定してしまうと、その瞬間(同時に、すなわちゼロ秒間で!)、100兆㎞のはるか彼方にあるもう一方の量子の物理状態が、いっさい測定することなく自動的に決定してしまうのである。このような意味で、二つの量子の間の相関性は『量子のもつれ』とよばれるよう になった(名付け親はシュレーディンガー)。」
因果を破るこの考えに,強く反対したのは,アインシュタインである。「神はサイコロを振らない」と言って,量子力学が「不完全な理論」であると主張した。対して,徹頭徹尾, 量子力学を支持 したのは,ニールス・ボーアである。量子力学が完成を見たとされる1930 年から5年後の1935年,
「EPR論文(アインシュタイン(Einstein)・ポドルスキー(Podolsky)・ローゼン(Rosen)の共同執筆)」
が出る。
「EPR パラドックス」
とも呼ばれるこの論文から端を発した,長い論争が続くのである。
「二つの電子を選ぶ。電子にもまた内部構造がなく、粒子としてふるまうときは点のごとくふるまうのだが、スピンしている。電子は2回転して初めて元の状態に戻るような量子であるため、1回転では『半分』まで戻るという意味で『スピン』とよばれている。…スピンの電子の『自転軸』には『上向き』と『下向き』の 二つの方向がある(前者 を『スピン・アップ』、後者を『スピン・ダウン』とよぶことにする)。実際に、相関をもって いて100兆㎞離れた電子Aと電子Bとからなる系に測定器をかけて、それぞれの電子の状態を測定してみるとどうなるだろうか。たとえば、測定器を電子Aに向けた結果、電子Aのスピンがアップであると測定されたとする。電子Aがスピン・アップと観測されたその瞬間(そう、まさにその瞬間、ゼロ秒間で!)、100 兆㎞離れた場所にある電子Bのスピンは自動的に(観測することなしに!)スピン・ダウ に決定する。相関をもつ( つまり、もつれた)二つの電子の合計スピンは、必ずゼロにならなければならないからだ。」
EPR論文が提起したのは,100兆㎞も離れた二つの量子の相関関係は崩れることなく完全に保たれることに対して の疑問である。アインシュタインは,因果律を破るこの現象を,
幽霊による遠隔作用,
と呼び,この問題の解決に(つまり因果律をまもるために)持ち出したのが,後に,ボームが固執することになる,
「隠れた変数」理論,
であった。これをもって,古典物理学の決定論へと回帰させようとするのである。この最終決定は,デヴィッド・ボームを経て,1964年,ジョン・ベルの,
ベルの不等式,
によって理論的に決着がつく。
「二つの相関している電子が100兆㎞も離れているのに、一方の電子の測定結果が瞬時にもう一方の電子の状態に影響を及ぼすということは、二つの電子の相関関係は局所的ではなく、『分離不可能』な一つの系(そう、全体で一つ!) を成していて、その系の中で起こることは部分から部分へと伝わるのではなく、系全体に瞬時に影響を及ぼすと考えたのだ。すなわち、すべては系内の全範囲にわたって『非局所 的』に起こる。」
ベルの不等式が成り立てば「隠れた変数」の必要性が生じ、『非局所性』や『 分離不可能性』は現われない。「その場合には、系の部分部分を考えねばならず(局所的)、すべては決定論に従うこととなって、量子力学は不完全な理論」となる。それが実証されるのは,1980年代,
ベルの不等式が成立しない( 破れる),
ことが実験で確認される。この長い道のりを,本書は,会話と対話で追っていく。とくに,ボームが,孤立無援で
「隠れた変数」理論,
を固執するところから,ベルの思考実験までは,推理小説を見るように,ハラハラさせられる。
アインシュタインとボーア,
シュレーディンガー,ハイゼンベルク,パウリ,
フォン・ノイマン,
ボーム,
ベル,
とそれぞれがかみ合いながら,あるいはすれ違う会話は,読み応えがある。
本書は,最後に,若き物理学者ルドルフを登場させ,
シュレーディンガー
の孫だという落ちをつけている。
参考文献;
ルイーザ・ギルダー『宇宙は「もつれ」でできている 「量子論最大の難問」はどう解き明かされたか』(ブルーバックス)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm
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