2017年09月10日

カウンセリングと心理療法


カール・R.・ロジャーズ『カウンセリングと心理療法(ロジャーズ主要著作集1)』を読む。

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本書は,カール・ロジャーズの初期の代表作,counseling and psuchotherpy(1943)の全訳である。本書のタイトル自体が,象徴的である。「訳者あとがき」で,

「アメリカにおけるガイダンス(その後のカウンセリング)とヨーロッパにおける精神分析(あるいはそれを中心とした心理療法)…の創造的な合流のあり様を示したのがロジャーズであった」

と書く。そして,「今となっては一見平凡な印象しか懐かせない『カウンセリングと心理療法』」というタイトルには,

「深い意味が込められている」

と。フロイトの亡くなったのが1939年,その三年後に,本書が刊行されている。

本書の中で,三,四回しか,

クライアント中心の心理療法,

という言葉を使っていないが,「序文」で,ロジャーズは,満々たる自信を吐露している。

「この本において筆者にはゆるぎない信念があることをお伝えしようと思う。それは,カウンセリングとは明確に理解することができるものであり,またどのように進むのかを予測できるものでもあり,またカウンセリングとは,学習され,検証され,より洗練されうる過程であるはずだ,という信念である。」

ロジャーズのめざすカウンセリングの全体像が,余すところなく,本書には詰まっている。そして,これが,今日のセラピーの底流にあることを感じさせるものでもある。ロジャーズは,本書の目的を,

「この本では,カウンセリングについての検証され考察されうるような仮説を,理解できるかたちで明確に提示する。それを検証し,それをさらに吟味することができるように示すのである。学生のためには,カウンセリングの実際の手順についての具体例をあげながら,一貫した考察のための枠組みを提供することをめざす。また,研究者のためには,どうすれば心理療法がうまくいくのか,その仮説を筋の通ったかたちで示すことをめざすことを目的とする。実験的検証によって,こうした仮説はそのとおりだったと分かるかもしれないし,まちがいだったと分かるかもしれない。そして本書は,臨床家のためには,既存のものに代わりうるより正確な仮説を臨床家自らが創出するという課題を提供することになろう。」

と書く。そして,

「本書は心理療法のあらゆる見解をすべて提示しようとはしない。相容れないさまざまな見解の混沌を示して混乱を増幅してしまうよりも,一つの見解をあますところなく論じることで,カウンセリングの分野をよりすっきりと整理する方が賢明であろう。したがって,本書は,カウンセリングに関する一つの方法と理論を提示するものである。」

とし,その基本的な仮説を,

「カウンセリングが効果的に成立するために必要なのは,ある明確に形作られた許容的な関係であり,その関係のなかで,クライアントは自分自身に気づくようになり,新たな方向をめざして,人生を前向きに進んでいけるようになる。この仮説に従えば,カウンセリングの技術とはおのずと,自由で許容的な関係の醸成,クライアントの自己理解の深まり,そしてその前向きで自己主導的な生き方の促進のためにこそ用いられるものであるといえる。」

として,本書全体は,

この仮説を説明したり,
定義づけたり,
拡充したり,
明確化したり,

するためにある,と。で,本書の構成は,

カウンセリングの初期,
カウンセリングの過程,
カウンセリングの終結,

をつぶさに辿り,

実践上に生じる問題,

では,たとえば,

面接時間はどれくらいがいいのか,
カウンセラーは面接中にノートを取るべきか,
クライアントが面接中に虚偽のはつげんをしたらどうするのか,
カウンセラーの資質とは,
料金はカウンセリングに影響するか,

等々といった微に入り,細を穿つような細部を具体的に解説して,最後に,第四部では,たぶん(セラピー史上)初めて,

ハーバート・ブライアンのケース,

として,カウンセリングの第一回面接から終結までの全逐語記録を載せている。そして,各回ごとに,

全般的なコメント,
具体的なコメント,

をつけて,そのやりとりの意図と意味を解説しつつ,自分のカウンセリングの全体像を披露している。ある意味,本書は,ロジャーズのカウンセリングとはどういうものかを,丁寧に,詳細に展開する,いわば,ロジャーズの,

カウンセリング宣言,

とも言うべきものだ。その意味で,今日,改めて,原点に立ち返ることで,今日常識になっていることが,ロジャースの汗と努力で,明確化されたことを知るよすがになり,この原点の仮説の論拠を見直すことで,セラピスト,カウンセラー自身のカウンセリングを点検することにもなるのではあるまいか。

従来の心理療法と対比して,ロジャーズは,この心理療法は,

「もしカウンセラーが問題解決の手助けをするならば,これこれの結果が生じるだろうと期待するよりもむしろ,人間がより大きな自立と統合へと向かう方向を直接的にめざすもの」

であり,

第一に,「人間の成長や健康,適応へと向かう動因にっいて,きわめて大きな信頼をよせている。」
第二に,「知的な側面よりも,情緒的な要素や状況に対する感情的な側面に,より大きな強調点をおいている。」
第三に,「人間の過去よりも,今ここでの状況により大きな強調点をおいている。」
最後に,「心理療法的接触それ自体が成長の経験である。個人はここで,自分自身を理解し,重要な自律的選択を行い,より成熟したやり方で他者とかかわることなどを学ぶのである。」

とその特徴を強調している。そして,「心理療法的接触」によって,

何が進行しているのか,
カウンセラーは何をしているのか,
クライアントは?

と,そのプロセスの概略を次のように整理する。

①「個人が援助を求めて来談する。このことは当然ながら,心理療法のもっとも重要な段階の一つである。ここで個人は,いわば自分に働きかけ,最初の重要な行動を責任をもってとったといえる。彼は,これが自立した行為であるということはまだ認めたくないかもしれない。しかし,こうしたことが育まれるならば,それはそのまま治療へと向かっていくものになりうるのである。」

②「通常,援助場面は明確に設定される。クライアントは来談当初から,カウンセラーが解答をもっているのではなく,カウンセリング場面とは,クライアントが援助によって問題に対する自分なりの解決を見いだすところである,という事実に気づかされる。」

③「カウンセラーは問題に関する感情を自由に表現するように促進する。このことはある程度まで,カウンセラーの親しみをこめた,相手に関心を寄せる受容的な態度によってもたらされる。…もし私たちが,その時間が本当にクライアントのものであり,その人の望むように使うことのできる時間であることをクライアントに実感させることができるならば,こうした感情は自由に流れ出てくるのである。」

④「カウンセラーは,否定的な感情を受容し,理解し,明確化する。…カウンセラーがこうした感情を受容しようとするならば,相手が話していることの知的な内容ではなく,その底にある感情に応答する構えがなくてはならない。ときとしてその感情は,とても両価的なものであったり,憎悪の勘定であったり,不全感であったりする。しかしその感情がどのようなものであっても,カウンセラーは言葉や行為によって,ある雰囲気をつくり出すよう努力する。」

⑤「その人の否定的な感情がまったく十分に表現されたとき,それに続いて,かすかに,またためらいながらではあるが,成長へと向かう肯定的な衝動が表現される。…この肯定的な表現は,心理療法全体の過程においてもっとも確実に生じる,予測可能な局面の一つである。否定的な表現が激しく,深いものであればあるほど(それが受容され理解されるならば),愛情,社会的交流への衝動,根本的な自己尊重,成熟したいという欲求などの肯定的表現が,より確かなものとして生じてくる。」

⑥「カウンセラーは否定的な感情を受容し理解したのと同じように,肯定的な感情の表現を受容し理解する。こうした肯定的な感情は,賛同や賞讃によってカウンセラーに受け入れられるのではない。道徳的な価値判断は,この種の心理療法のなかには入ってこない。肯定的な感情は,否定的な感情とまったく同じように,その人の人格の一部としてそのまま受容される。…その人は,自分の否定的感情について防衛的になる必要がない。また,自分の肯定的感情を過大評価する機会を与えられるわけでもない。しかもこうした場面では,自己洞察と自己理解が自発的に湧き出てくるのである。」

⑦「この自己洞察,利己理解,自己受容は,心理療法の過程全体のなかで二番目に重要な局面である。それは,人が新たな統合の段階へと前進する基礎を与えるものである。」

⑧「この自己洞察の過程と混ざり合って,可能性のある選択や行為の方向を明確化していく過程が生じる(ここでもう一度,これまで記述してきた各段階は互いに排他的なものではなく,また番号通りの順番で進行していくものでもないということを強調しておきたい)。このとき,いくぶん失望したような態度がみられることも多い。本質的には,その人はこのようにいっているのだ。『これが私自身です。そのことがとてもはっきり分かりました。でもどうすれば,私はこれまでと違うふうに自分自身を作りかえることができるんでしょうね』と。ここでのカウンセラーの役割は,いろいろな選択の可能性が明確になるように援助し,その人が経験している恐れの感情や,前進する勇気の欠如などについて理解できるように助けることである。」

⑨「引き続誣いて,かすかにではあるがとても意味のある肯定的な行為がはじまるという,心理療法の魅力的な局面の一つが起こってくる。」

⑩「その人がひとたびかなりの自己洞察を達成し,おそるおそる,ためらいながら肯定的な行為を試みるようになると,そこに残された局面は,もっと成長していくという要素だけである。何よりまず,そこには自己洞察のいっそうの発展がみられる。すなわち,個人が自分の行為をより深く見つめる勇気を獲得するにつれて,より完全で正確な自己理解が発展する。」

⑪「クライアント側の肯定的な行為はますます統合されたものになる。選択することについての恐れが減少し,自分が決めた行為への信頼が増大する。カウンセラーとクライアントは,今や新しい意味で協働しているのである。二人の人間的な関係はもっとも強いものになる。」

⑫「援助を求める気持ちが減少し,その関係が終らなければならないことをクライアントが認識する。」

このプロセスについて,ロジャーズは,

「ケースはどれも違うものだ」

という一般的な見解を,「日和見的な見解」と,一蹴する。

「ここで述べた心理療法は,秩序的な一貫した過程であり,その主な道筋においては予測可能なかていである。」

と。

かつて,すぐれたカウンセリングの逐語を読むと,カウンセラーはほとんどしゃべっていない,ということを言われたことがある。ロジャースは,非指示的な特徴は,

クライアントの発言だけを読んで,その面接の全体像が把握できる,

と指摘している。ここに淵源があったらしい。

参考文献;
カール・R.・ロジャーズ『カウンセリングと心理療法(ロジャーズ主要著作集1)』(岩崎学術出版社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm

posted by Toshi at 05:10| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする
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