2017年09月11日

クライアント中心療法


カール・R.・ロジャーズ『クライアント中心療法(ロジャーズ主要著作集2)』を読む。

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本書は,“Client‐Centered Therapy:Its Current Practice,Implication,and theory”のうち,ロジャーズ自身の執筆論文の全訳である。

http://ppnetwork.seesaa.net/article/453353253.html?1504987804

で取り上げた,『カウンセリングと心理療法』では,クライアント中心療法の宣言という部分が強かったが,本書は,実践でどれだけ効果があるか,というクライアント中心療法の検証も含めた,クライエント中心療法をより深化させた応用編という色合いがある。ロジャーズは,「はしがき」で,

「本書は,カウンセリングルームに充満した苦しみや希望,不安や喜びについて書かれています。それぞれのカウンセラーがそれぞれのクライアントと織りなす唯一無二の関係についてであり,同時にこうした関係すべてに見られる共通な要素についてであります。私たち一人ひとりが体験するきわめて個人的な体験について書かれているのです。」

とあり,「第一章 クライアント中心療法の現在」の冒頭で,「本書の目的」を,

「固定し硬直した考え方を示すことではなく,発達途上の心理療法分野の理論と実際を含めた現時点での断面図を示すことにある。はっきりしている変遷と動向を示し,以前の定式化と比較し,限られた範囲であるが他のオリエンテーションの見解との比較を行う。
 その際,クライアント中心療法に従事する者の臨床上の考え方をまとめることが一つのねらいとなる。(中略)
 さらなるねらいは,心理療法における明確な仮説,あるいは暗黙の了解となっている仮説に関して,既に収集されつつある研究証拠を再検討することである。心理療法の各方面での客観的証拠は少しずつ蓄積されているので,こうした研究努力の成果を分析・検討したい。」

随処で出てくるこの時点での心理療法の効果の検証が,今日見てどうなのかはわからないが,ある面,クライエント中心療法が,心理療法の確実な地歩を固めつつある自信のようなものが,うかがえる記述がしばしばみられる。

本書の中で,最も興味深かったのは,

第三章 クライアントにより体験される心理療法の関係

で,

「個々のケースの心理療法が進展する可能性は,カウンセラーの人格に依存するものではない。させにカウンセラーの態度に依存する者でさえない。これらの要素すべてがその関係の中でクライアントがどのように体験されるかにかかっているのである。面接中にクライアントの認知を中心に据えれば,そのことが自ずと認識される。葛藤,再編成,成長,統合―に対する解決をみるか否かの決め手となるのは,クライエントがどのように感じるかである。クライアントがある関係を心理療法の関係として体験することはなにを意味するのか? いかにしてある関係を心理療法の関係として体験できるように援助すればいいのか? もしこれらの質問に対する答えがわかれば,心理療法についてのわれわれの理解は格段に進歩するだろう。」

と書き,例として,あるカウンセリングで,クライアント自身が自分のカウンセリング体験を,セッションごとに手記を残した例を取り上げている。そして,八回のセッションが終った三カ月後の手記の末尾に,

「ほとんどのクライアントに共通する特徴がここにいくつか明かされている。まず第一に,行動の変化があまりに自然発生に起こり,現行の態度の編成からあまりに自然に脱却するために,なにか外的な事情により注意が向けられるまでそれに気づかないということである。もうひとつは,人格変化は,不慣れで,たよりない,『生まれたて』の感覚がつきものであることだ。そして最後に,特徴として興味深いのだが,クライアント中心療法は,心理療法の扱う自己に神経を張りつめて集中し,最終的には,自意識を強めるのではなく,自意識を弱めるという結果をもたらすことである。…別の言葉で表現すれば,自己が内省の対象になるのではなく,体験の中で円滑に機能するということである。あるいは,あるクライアントが心理療法終結後一年経ってから行われたフォローアップ面接で述べたように,『かつてのように自意識が強いということはなくなりました……。自分自身らしくいるということに集中することはありません。ただ,我は我なりなのです』ということである。」

しかし,大事なことは,「典型的体験として」伝えているのではなく,著者は,

「クライアントにとって,すべての心理療法は完全に唯一無二の体験であり,この事実をより完全に感じ取れれば感じ取れるほど他のクライアントがこうした唯一無二の体験をする援助が可能になるであろうということだ。」

と付け加えている点にある。少なくとも,クライアントが何を感じ,何を体験したかが,クライアント自身によって語られていることを紹介した,この章は,今も昔も,さほど例は多くはない。ロジャースは,クライアントの体験とそれをカウンセリングしたカウンセラーの体験とをセットで対比することを,将来への期待として述べている。

さて,もうひとつ,

第四章 心理療法の過程

の,「価値を認める過程における特徴的な心の動き」の節で,

「心理療法面接の録音を聞くにつけ,文字化された資料を研究するにつけ,『良い』あるいは『悪い』,『正しい』あるいは『間違っている』,『満足』あるいは『不満足』と認識されるものと心理療法との間には密接な関係があることがいよいよはっきりする。心理療法はどういうわけか個人の価値体系を巻き込み,その体系に巻き込まれて変化する。」

として,まず,

「心理療法の初期において,クライアントは他人や個人的な文化環境から植えつけられた価値観を人生の指針としていると言ってよいだろう。」

「心理療法が進むにつれ,クライアントは,自分が他人の考えていることに従って行動しようとしており,真の自己になっていないことに気づくようになり,こうした状況にますます不満を抱くようになる。」

「もしクライアントがこのような他人から植えつけられた価値感を棄てるとしたら,その代りになるものはなんであろう? 後に続くのは,価値感に対する混乱と疑いの過程であり,正誤や善悪の判断の基準を失ったことによる必然的な不安感である。」

「クライアントが価値判断を下す際に基礎となる拠り所が,自分自身の感覚や自分自身の体験によって与えられるということを徐々に理解することにより,この混乱は次第におさまる。」

「人間は,体験に基づいた証拠事実を検証し,長期にわたって自分自身を向上させるもの…を決定する能力を,自分自身の内に備えていることに気づく。」

「他人や個人的な文化環境から植えつけられた価値観を人生の指針としている」とは,今日のナラティヴ・アプローチの「ドミナントストーリー」そのものと言ってもいい。しかし,クライアント中心療法は,別のアプローチをとる。」

「心理療法の初期段階には,評価の位置はクライアントの外側にある傾向がある。これは,両親,文化,友達,…(中略)クライアント中心療法では,評価の位置をクライアントの側に保ち続けることがカウンセラーの行動の一つであると説明している。これはカウンセラーの応答方法からも明らかである。『あなたは―に腹を立てているのですね』,『あなたは―のせいで混乱しているのですね』,『―であるとあなたは思われるのですね』,『あなたは―であると感じているのですね』,『あなたは自分が―だから自分が悪いと思うのですね』。それぞれの応答に見られる言いまわしはもちろんのこと,その態度に示されていることは,受け入れられているのは状況に対するクライアントの下した評価だということである。自分自身の中にある評価の位置を受け入れることは,単に可能であるばかりではなく,満足できる健全なものであることにクライアントは徐々に気づき出す。」

等々。これは,明らかに認識の変化である。

「クライアントは一枚の地図を指針として生きていると言えるかもしれない。心理療法を受けている間,クライアントがまず第一に気づくのは,その地図がそのものを表しているわけではないということである―体験に基づいた領域はまったく異なり,ずっと複雑である。さらに,自分の地図は,地図であるにもかかわらず,重大な誤りを含んでいることに気づく。」

ロジャーズの例は,しかしあくまで個人の認識上の「地図」である。同じことを,マイケル・ホワイト&デビット・エプストン『物語としての家族』では,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/452653318.html?1502568827

で触れたように,

「ゴルジブスキーの格言である『地図は領土ではない』を参照にして,彼(ベイトソン)は,出来事に対する私たちの理解や私たちの出来事に対する意味は,出来事を受け取る文脈,すなわち,私たちの世界の地図を構成する前提や予測のネットワークによって決定され拘束されているのである,と提案した。彼は,地図のパターンにたとえて,全ての出来事の解釈は,どれくらいその解釈が出来事の知られているパターンに適合するかによって決まると主張し,それを『部分が全体のコードになるpart for whole ckding』と呼んだ(ベイトソン,1972)。彼は,出来事の解釈は,それを受け取る文脈によって決められると述べただけではなく,パターン化されえない出来事は,生き残りのために選択されないと主張した。つまり,そのような出来事は,私たちにとって事実としては存在しないのである。」

われわれの社会全体の認識がわれわれの認識を拘束している,という視点からアプローチする。時代の差が,如実に表れていて興味深い。

参考文献;
カール・R.・ロジャーズ『クライアント中心療法(ロジャーズ主要著作集2)』(岩崎学術出版社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm

posted by Toshi at 04:56| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする
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