2017年09月19日

ダブル・リスニング


第86回ブリーフ・セラピー研究会 定例研究会「カウンセリングのコツ」(平木典子先生)に参加してきた。

事前アンケートがあり,カウンセリングをするためのコツとして,以下の6点のどれを重視するか,との問いがあり,以下のような結果となった。

1.主訴や語りの中に潜む希望に向けた支援(人々の二重の語りを聴きとり、語られなかった自己を発見する):48票
2.人は違っているから助けることができる(適切な違いがなければ変化は生まれない):12票
3.とらわれの中に自己開放の芽(とらわれは転機の信号):37票
4.ひとは生物的、心理的、社会的存在だけでなく、スピリチュアルで倫理的な存在であることを支援する(アイデンティティや人生観があるひとの支援):19票
5.カウンセリングはクライエントが個性を保ちつつ社会のメンバーになることを目指す15票
6.カウンセリングとはクライエントの構成した人生を聞き、脱構成し、共に新たな語りを共構成していくこと31票

この結果,上位に上がった,

主訴や語りの中に潜む希望に向けた支援(人々の二重の語りを聴きとり、語られなかった自己を発見する)
とらわれの中に自己開放の芽(とらわれは転機の信号)
カウンセリングとはクライエントの構成した人生を聞き、脱構成し、共に新たな語りを共構成していくこと

三点は,今日のナラティヴ・アプローチの主要な観点と一致する,とのことであった。つまり,今日的なカウンセリングのテーマなのである。

共通するのは,

ダブル・リスニング,

と表現された,カウンセラーの(聴く)姿勢であるように思う。たとえば,

語られていることとは裏腹に,クライアントの思いや感情を見極めていく,

というのは,基本姿勢だが,それは,

リフレーミング,

が,クライアントの思いや事柄を,プラスに意味を置き換えていく,のと同じく,ただ,クライアントの,

語っているそのこと,
語っている事態そのもの,

というピンポイントでしかない。ここでのダブル,つまり二重に聴き取っていくのは,

同時進行している二つの物語,

を聴くことである。それは,

生きた物語,

生きられなかった物語,

である。「生きられなかった物語」とは,

やりたいと思ってやれなかったこと,
どこかに置き残してきた自分,

ということでもある。

「(カウンセラーとクライアントの)二人が話していて,それが見つけられなかったら,クライアントが話したことは意味がない。」

のでもある。だから,逆にいえば,カウンセリングとは,

「自分の物語を語ることで,その人らしく生きるのを助けること」
あるいは,
「隠れているクライアントの生きる意味を伴った物語とテーマの再発見」

でもある。これは,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/452653318.html

で触れたように,

ドミナント・ストーリー,
の代わりに,
オルタナティブ・ストーリー,

を見つけ出すことと言ってもいい。

「人々が治療を求めてやってくるほどの問題を経験するのは,彼らが自分たちの経験を『ストーリング』している物語と/または他者によって『ストーリーされて』いる彼らの物語が,充分に彼らの生きられた経験を表していないときであり,そのような状況では,これらのドミナント(優勢な)・ストーリーと矛盾する彼らの生きられた経験の重要な側面が存在するであろう,というものである。」

「人々が治療を求めるような問題を抱えるのは,(a)彼らが自分の経験をストーリングしている物語/また他人によってストーリーされた彼らの経験についての物語が充分に彼らの生きられた経験を表しておらず,(b)そのような状況では,その優勢な物語と矛盾する,人々の生きられた経験の重要で生き生きとした側面が生まれてくるだろう」

ということで,そのために,ソリューション・フォーカスト・アプローチなら,

例外探し,

ナラティヴ・アプローチなら,

「ドミナント・ストーリーの外側に汲み残された生きられた経験のこれらの側面のことを『unique outcome』と呼ぶ」

ユニークな結果,

を探し出し, 生きることのできなかった物語を復元していかなくてはならない。あるいは,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/452599306.html

で触れたように,「未だ語られていないこと」とは,通常,

リソース,

という言い方をする。これについて,マイケル・ホワイトは,

「ぼくらは個人が自己というものをもっているとか,リソースをうちにひめているとは考えない。自分もリソースもむしろ今ここで創り出していくもので,この場で発見し育て上げていくものだから」

という。それはこういうことだ。

「意味は一つだけ,なんてことはないということだ。すべての表現が,まだ表現されていない部分をもち,新たな解釈の可能性をもち,明確にされ言葉にされることを待っている。…すべてのコミュニケーション行為が無限の解釈と意味の余地を残しているということなのだ。だから対話においては,テーマもその内容も,意味をたえず変えながら進化していく。(中略)私たちがお互いを深く理解するというのは,相手を個人(という抽象物)として理解するのではない―表現されたものの総体として理解するのである。この過程に対話が変化を促していくからくりがある。
 そこで私たちは,この『語られずにある』部分を言葉に直し,その言葉を拡げていくことがセラピーだと考える。そこでは,対話を通して新しいテーマが現れ,新しい物語が展開されるが,そうした新しい語りはその人の“歴史”をいくぶんでも書き換えることになる。セラピーはクライエントの物語の中の『未だ語られていない』無限大の資源に期待をかけるのだ。そこで語られた新しい物語を組み入れることで,参与者たちはこれまでと異なる現実感を手にし,新しく人間関係を築いていく。これらは『表現されずにあった領域』に埋蔵された資源,リソースからでてきたものではあるが,その進展を促すためには,どうしてもコミュニケーションすること,対話すること,言葉にすることが必要となる。」

その鍵となるのは,「分かったつもりにならない」

無知の姿勢,

による,細部にわたるカウンセラーの質問する力ということになる。

参考文献;
マイケル・ホワイト&デビット・エプストン『物語としての家族』(金剛出版)
ハーレーン・アンダーソン,ハロルド・グーリシャン『協働するナラティヴ』(遠見書房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm

posted by Toshi at 05:02| Comment(0) | ナラティヴ・セラピー | 更新情報をチェックする
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