ひたむき
「ひたむき」は,
直向き,
と当てる。
物事に熱中するさま,一途なさま,
という意味である。しかし,この語,『岩波古語辞典』にも『大言海』にも載らない。語源は,『日本語源広辞典』によると,
「ヒタ(いちず)+ムキ(向き)」
とある。類語で言うと,
ひたすら,
という言葉がある。この「ひた」と関わるのではないか。「ひたすら」は,
頓,
一向,
只管,
と当てる。『広辞苑』には,
「一説には,ヒチはヒト(一)と同源」
とある。とすると,「ひたむき」に,
直向き,
と当てるのは,当て字ということになる。「ひたすら」の意味は,
ただそればかり,いちず,切に,
程度が完全なさま,すっかり,まったく,
となるが,後者は,意味の外延を拡げた結果と思われる。
只管,
は,
https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8F%AA%E7%AE%A1
によると,宋代の中国語で,
只管 (ピンイン:zhǐguǎn),
で,
かまわず~する,遠慮せず~する。
ひたすら~する,~ばかりする。
という意味らしい。明治以後戦前まで,使われたという。道元が,修行の後,
只管打坐(只管打座 シカンタザ),
という言い回しを『正法眼蔵随聞記』で用いたために広まったのではないか。「只管」は,
いちずに一つのことに専念すること,
で,「打坐(座)」(たざ)は,
座禅すること,
である。
で,「ひたすら」に,「只管」を当てたということになる。では,「ひたすら」の語源は,というと,『岩波古語辞典』の「ひたすら」の項には,
「ヒタはヒト(一)の母音交替形。古くは,去る,なくなる,離れるなど,すっかり失せる意を表す動詞を形容する。後に一般化して用い,一途にの意。類語ヒタブルは,あたりかまわず積極的にの意から転じて,もっぱら,一途にの意となり,ヒタスラと接近した。」
こうある。しかし,『大言海』は,
「直向(ヒタスク)の意かと云ふ」
とし,『日本語源広辞典』も,
「ヒタ(直)+スラ(つらぬく・筋)」
とする。なお,「只管」と当てたについて,『日本語源広辞典』は,
「平安時代の留学生が日本語のヒタスラに当てた語」
という。宋時代の言葉ゆえだろう。『日本語源大辞典』は,
ヒタスラ(直向)の義(大言海),
ヒタスラ(直尚)の義(言元梯・日本古語大辞典),
ヒタはヒト(一)に同じ。スラはツル(弦)と同源一すじの意(日本語の年輪=大野晋),
ヒタは直,スはサ変動詞終止形,ラは動詞終止形について情態語を作る接尾辞(古代日本文法の研究=山口佳紀),
ヒタは直または混の義か(名語記),
ヒタスラ(常尚)の義(和訓栞),
コタチサラ(日立更)の義(名言通),
と並べる,「ヒタ」を,
ヒト(一),
か
ヒタ(直),
か,
というところだが,『日本語源大辞典』は,「ひた」の項で,
「一(ヒタ)の交替形であろうとする説が有力である。」
と述べている。
この「ヒタ(一)」の音韻変化を整理しているのが,『日本語の語源』である。
「一列に並びつづくことをヒトツラネ(一連ね・一列ね)といった。語尾を落としたヒトツラ(一連・一列)は,トの母韻交替(oa),ツの子音交替(ts)でヒタスラ(只管・一向)に転音した。
『もっぱら。ただもう。いちずに。ひとすじに。ひたむきに。専心』など,一つに集中するさまをいう。〈ヒチスラ,世を貪る心のみ深く〉(徒然草)。また,『全然。全く。残りなく。すっかり』など,程度が完全なさまをいう。〈あるはヒタスラに亡くなり給ひ,あるはかひなくて,はかなき世にさすらへ給ふ〉(源・朝顔)
省略形のヒタ(直)は,接頭語になって多くの複合語を造った。『ひたむき。ひたすら。むやみ。いちず。まっすぐ』の意を添えて,次のような詞が成立した。
ヒタぶる(一向)。ヒタ走り。ヒタ押し。ヒタ登り。ヒタ打ち。ヒタ切り。ヒチ落し。ヒタ向き。ヒタ隠し。ヒタ逃げ。ヒタ攻め。ヒタ退き。ヒタ降り。ヒタ騒ぎ。ヒタ濡れ。ヒタ照り。ヒタ心。ヒタ路。ヒタ裸。ヒタ土(地面に直接ついていること)。(中略)
『ヒタスラ謝り』は,語中のタスを落として『ヒラ謝り』になった。」
と。
ヒト(一)→ヒタ(直),
へと転じたことで,当て字が変わったということか。
なお,『デジタル大辞泉』は,「ひたすら」「いちず」「ひたむき」について,
「『ひたすら』は、もっぱらそのことだけを行う意で用いることが多い。『ひたすらおわびいたします』『ひたすらお願いするしかなかった』。『いちず』は気持ちのあり方に重点があり、他を顧りみず、一つの事柄だけに打ち込む意で用いることが多い。『いちずに思い込む』『勉学いちずの毎日』。「ひたむき」。脇目もふらず一つの事に熱中する意で、『いちず』に近い。『ひたむきな態度』『ひたむきに生きる』。」
しかし,「ひと(一)」と「ひた(直)」は同じと考えると,用例から区別した差異にすぎないと見える。
参考文献;
田部井文雄編『四字熟語辞典』(大修館書店)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm
この記事へのコメント