「とろ」には,
とろろ汁の略語やとろとろの略語を除くと,
瀞,
と当てるものと,
トロ,
いわゆる,中トロ,大トロの「とろ」がある。「瀞」は,
どろ,
とも言うらしいが,
河水が深くて流れの静かなところ,
という意味である。
長瀞(ながとろ),
瀞峡(どろきょう),
瀞八丁(どろはっちょう),
というのは,その瀞である。
川の流れが緩やかで波の立たないところのことである。峡谷・渓谷の地名によく出てくる(『大辞林』),
という説明でよくわかる。
(秩父・長瀞)
「瀞」(呉音ジョウ,漢音セイ)の字は,
「水+音符静」
とで,しずかなさまとか清らかなさま,の意で,
河の水が深くよどんで流れの緩やかなところ,
の意は,わが国だけの用法である。語源は,擬態語のように見える。『大言海』は,
「ノロシのトロシと転じ,其の略語」
とし,『日本語源広辞典』は,
「トロトロ(擬態語)」
で,
「とろけるように静かに流れるところの意」
とする。『日本語源大辞典』は,
「川の水流に浸食されてできた深い淵で,流れの緩やかなところ」
いちばん正確に意味を記している。語源説は,「ノロシの転トロシの略」(『大言海』)の他に,
トはトマル(止)の義,ロは助語(俚言集覧),
を載せる。擬態語が擬音語と思うが,
「とろい(し)」
という言葉は,「鈍い」「愚か」という意味だが,
火などの勢いが弱い,
という意味もある。もともとは,
とろとろ,
ということばの動詞化のように見える。
本来の形を失って濃い粘液状になったり柔らかくなっているさま,
火力が弱いさま,
眠気がさして短時間浅く眠るさま,
という意味だ。『擬音語・擬態語辞典』によれば,「とろとろ」の「とろ」に接尾語「めく」「つく」を付けた,「とろめく」「とろつく」という言い回しがある,とある。さらに,
トロ火,
とろい,
の「とろ」も「とろとろ」の「とろ」と同じで,
「勢いが弱いとか動作や反応がのろいという意味」
とある。つまり,それが「瀞」の語源とみられる。濁音の「どろどろ」は,
「固形物がとけるなどして粘り気の強い不透明な液状になる様子」
で,「どろん」は,
「空気や液体が重くよどんでいる様子」
で,「とろとろ」は,
「どろどろより粘り気が弱く,滑らかな様子」
と対比している。「瀞」を,
どろ,
と呼ぶのは,かなりよどみが重い,ということなのではないか。因みに,「どろ」は,
泥,
と当てるが,「どろどろ」の「どろ」で,
水が混じって柔らかくなった土,
の意になる。「泥」の字は,
「尼(ニ)は,人と人とがからだを寄せてくっついたさまを示す会意文字。泥は『水+音符尼』で,ねちねちとくつつくどろ」
そのものの意。『大言海』は,
「盪(とろ)けたる意」
としている。『日本語源広辞典』は,三説載せる。
説1「ドロドロ(状態の副詞)」。これが最有力説。
説2「土が水にとろけたものの」の変化説。
説3「土(ど)+ロ(接尾語)」。
『日本語源大辞典』は,四説載せる。
土と水のトロ(盪)けたものの意(言元梯・名言通・和訓栞・大言海),
トは土の義,ロは付字(和句解),
濃粘の流動物の形容詞,ドロドロから出た語(国語の語幹とその分類=大島正健),
土漏の義(名語記),
『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/to/doro.html
は,
「土に水が混じってやわらかくなったものなので、濃くて粘り気の強い液状のものを表す形容詞『どろどろ』が語源と考えられる。『とろける』『とろとろ』などといった説もあるが、 上記の説が良いであろう。」
と,妥当な説を取る。やはり,「とろ」が擬態語「とろとろ」からきているように,「どろ」もまた擬態語「どろどろ」から来ていると見るのが自然だろう。和語に,屁理屈で語源を考えるのは後知恵でしかない,といつも思う。
なお,泥についは,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%A5
に詳しい。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
山口仲美編『擬音語・擬態語辞典』(講談社学術文庫)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm
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