「さしみ」は,
刺身,
と当てる。
おつくり,
とも言う。
(舟形の器に盛られた刺身)
魚肉などを生のままで薄く切って,醤油などをつけて食べる,
とある(『広辞苑』)。「醤油」は,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%86%A4%E6%B2%B9
によると,
「日本における最古の歴史は弥生時代とされている。肉醤、魚醤、草醤であり、中国から伝わったものは唐醤と呼んだ。文献上で日本の『醤』の歴史をたどると、701年(大宝元年)の『大宝律令』には、醤を扱う『主醤』という官職名が見える。また923年(延長元年)公布の『延喜式』には大豆3石から醤1石5斗が得られることが記されており、この時代、京都には醤を製造・販売する者がいたことが分かっている。また『和名類聚抄』では、『醢』の項目にて『肉比志保』『之々比之保』(ししひしほ)についてふれており、『醤』の項目では豆を使って作る「豆醢」についても解説している。」
とあり,かなり昔から,あったことがわかる。
『岩波古語辞典』には,
「近世上方では,淡水魚の料理に言い,海産魚には『つくり身』といいわけることが多い」
とあり,『江戸語大辞典』には,
「江戸は刺身と作り身を区別せず,また魚肉ならざるもものにもいう。」
とある。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%BA%E8%BA%AB
にも,
「かつての関西では、原則として鯛などの海の物に限られているが、魚を切る事を『作り身』といい、それに接頭語を付けた『お造り』という言葉がうまれた。そして淡水魚の場合は『刺身』といったことが『守貞謾稿』に記されている。現在では異なっている。懐石や会席料理などの場合には、お膳の向こう側に置かれることから、向付(むこうづけ)と呼ばれる。」
とあるが,今日では,その区別はすたれているように見える。さらに,
「料理としての刺身は、江戸時代に江戸の地で一気に花開いた。そもそも京都は、鯉のような淡水魚を除けば新鮮な魚介類が得られにくいため、いわゆる江戸前の新鮮な魚介類が豊富に手に入る江戸で、刺身のような鮮度のよい魚介類を必要とする料理が発達するのは当然のことであった。
もうひとつの理由は、調味料として醤油が生まれた事である。生魚の生臭さを抑える濃口醤油が江戸時代中期より大量生産をはじめ、大都市・江戸の需要をまかなった。後述の通り、魚を生食する文化は日本以外にも存在するが、特定の種類の魚の調理法に限定されている。江戸時代の江戸で生まれた、多種多様な魚介類を刺身として生食する習慣は、まさしく醤油という生の魚と相性が抜群によい調味料あってこそのものであった。」
と。
さて,「刺身」の謂れであるが,上記ウィキペディアは,
「『切り身』ではなく『刺身』と呼ばれるようになった由来は、切り身にしてしまうと魚の種類が分からなくなるので、その魚の『尾鰭』を切り身に刺して示したことからであるという。一説には、『切る』を忌詞(いみことば)として避けて『刺す』を使ったためともいわれる。いずれにせよ、ほどなくして刺身は食品を薄く切って盛り付け、食べる直前に調味料を付けて食べる料理として認識されるようになったらしく、『四条流包丁書(しじょうりゅうほうちょうがき)』(宝徳元年・1489年)では、クラゲを切ったものや、果ては雉や山鳥の塩漬けを湯で塩抜きし薄切りしたものまでも刺身と称している。」
と,
「切る」を忌詞(いみことば)として避けて『刺す』を使った説,
と
その魚の『尾鰭』を切り身に刺して示した説,
を載せているが,『日本語源広辞典』は,
「刺し+ミ(身)」と,魚肉の上にその魚のヒレを添えた,
と
中国語の,三滲(醤油・酢・生姜,薑)で,魚の身に滲ませて食べるsansimが語源,
の二説を挙げ,これは,
「いずれも,切り身の,身を切るを忌んだ言葉」
としている。『大言海』も,
「切るを忌みて,刺すと云ふか,作ると云ふも同じかるべし,ミは,肉なり」
と,忌み説を取る。『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/sa/sashimi.html
も,
「刺身は、室町 時代から見られる語。 武家社会では『切る』という語を嫌っていたため、『切り身』では なく『刺身』が用いられるようになった。『刺す』という表現は、包丁で刺して小さくすることからと思われる。他の説では、魚のヒレやエラを串に刺して魚の種類を区別していたことから、『刺身』と呼ぶようになったとする説もあるが、ヒレやラの部分は一般に『身(肉)』と考えられていないため、この説は考えがたい。魚以外の材料で『刺身』と呼ぶものには、『たけのこの刺身』『刺身こんにやく』,『馬刺し』や『牛刺し』などがあり、魚の刺身の切り方や盛り付け方、新鮮な生肉(身)などの意味から呼ばれるようになったものである。」
忌み説を取る。「刺す」は,
「刺して突く」(『大言海』),
「咲きの鋭くとがったもの,あるいは細く長いものを,真っ直ぐに一点に突きこむ」(『岩波古語辞典』),
「こことねらいを定めたところを細くとがったものを直線的に貫き通す」(『広辞苑』),
とあり,「棹を刺(差)す」とか「鳥を刺す」という広がりはあっても基本は,「針を刺す」という「突く」意味で,「切る」の代用にはならない。忌詞は本当だろうか。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1452474134
に,『たべもの語源辞典』 (清水桂一編、東京堂出版)によるとして,
「指身・指味・差味・刺躬また魚軒とも書く。生魚の肉を細かく切ったものを古くは鱠(なます)とよんでいた。
つくり方は、魚肉を切ったものであるが、切るという言葉を忌み、切身とよばず打身(うちみ)とよんだものがあった。室町時代に魚肉の打身という言葉が現れる。
また、切ることを刺すと称することから、刺身ともよんだのが刺身の起こりであるとの説がある。
また、切った身は、その魚名がわかりにくい。そこで切った身にその魚の鰭(ひれ)をさしてその正体を現したものを刺身というとの説もある。
昔からある鱠(なます)にその魚の鰭を刺したものを『さしみなます』とよび始めたが、これが略されて刺身となったともいう。
関西では魚を切ることを『つくる』といったので、つくり身といい、『つくり』を関東の刺身と同じ意味に用いた。
儀式料理では刺身が正しいよび方である。室町時代に醤油が発明され、刺身醤油ができたとき、刺身料理が完成したといえる。
刺身の語源は、魚肉を切って、その鰭を一種の飾りのように身に刺したことから起こったものである。
他に、刺身の意のタチミの転であるとか、サシミ(左進)の義であるとかの説もあるが、いずれも良くない。」
としている。
「切ることを刺すと称する」
としているところを見ると,忌詞としてではなく,そういう言い方があった,と見るべきかもしれない。結局,
「刺身の語源は、魚肉を切って、その鰭を一種の飾りのように身に刺したことから起こったものである。」
を取っている。「切る」を忌んで,「刺す」というのは,どうもこじつけの気がしてならない。
『日本文化いろは事典』
http://iroha-japan.net/iroha/B02_food/19_sashimi.html
は,
「刺身の原形は鎌倉時代に始まったといわれています。もともとは魚を薄く切って生のまま食べる漁師の即席料理でした。その頃はまだ醤油がなかったため、膾〔なます〕にして食べたりワサビ酢やショウガ酢で食べていました。
室町時代に入り、醤油の誕生と普及にともない現在のようにわさび醤油をつけて食べるようになりました。しかし醤油はまだまだ高級品であったため、刺身は身分の高い人々しか食べる事のできない高級な料理でした。一般庶民に刺身料理が広まったのは、醤油が庶民にも普及した江戸時代の末期からで、江戸では刺身を専門に扱う『刺身屋』という屋台もでるほど流行しました。」
とあり,「切る」を忌むような時代背景ではない気がする。『日本語源大辞典』には,
切ルを忌んでいったものか(『大言海』),
魚の種類がわかるようにその魚のヒレを刺した(飲食事典所引中原康冨記=本山萩舟),
以外に,
刺身の意のタチミの転(言元梯),
サシミ(左進)の義という(黄昏随筆),
を載せる。「タチミの転」もありうるが,
魚の種類がわかるようにその魚のヒレを刺した,
を取りたい気がする。
なお,「膾」は,
「生魚を細く切り刻み酢で味付けする調理法です。膾は古来からの伝統がそのまま引き継がれ、現在では大根やにんじんなどを細長く切り酢で味付けしたものが膾として食されています。」
とあるが,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%BA%E8%BA%AB
に,
「日本は四方を海に囲まれ、新鮮な魚介類をいつでも手に入れられるという恵まれた環境にあったため、魚介類を生食する習慣が残った。即ち『なます(漢字では「膾」、また「鱠」と書く)』である。
『なます』は新鮮な魚肉や獣肉を細切りにして調味料を合わせた料理で、『なます』の語源は不明であるが、『なましし(生肉)』『なますき(生切)』が転じたという説がある。一般には『生酢』と解されているが、それは調味料としてもっぱら酢を使用するようになったことによる付会の説であり、古くは調味料は必ずしも酢とは限らなかった。この伝統的な『なます』が発展したものが刺身である。」
とある。
参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%BA%E8%BA%AB
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm