びり


「びり」は,

順番の一番下,

つまり,

どんけつ,

の意味だが,他に,

人をののしって言う語,
使い古して性(しょう)の抜けた布,
遊女,女郎,

という意味がある,と『広辞苑』にはある。『岩波古語辞典』にも,

女,または遊女。また,女を罵って言ういう語,
尻,または女陰。また男女間の情事,もめごと,
いちばん後,最後,

と意味が載る。用例を見る限り,江戸期の言葉に見える。

『大言海』には,

「しり(尻)の転訛か」

として,

最尾,

の意味しか載らない。『江戸語大辞典』にも,やはり,

尻,転じて最末尾,
隠語。女,素人女,玄人女共にいう,

という意味が載り,

びりを釣る,

という言い回しが載る。

芝居者隠語,女郎買いに行く,

意とある。『隠語大辞典』には,

http://www.weblio.jp/content/%E3%81%B3%E3%82%8A?dictCode=INGDJ

「びり」は,それぞれの集団ごとに意味を微妙に変わっていることがわかる載せ方になっている。

〔分類 掏摸、犯罪〕
1. ①最終なること。びりつこに同じ。②小女を罵りていふ詞。
2. 娼婦。支那語にて娼婦を「ぴい」と云ふ。その転訛か又尻の事を「びり」と云ふよりか。転じて芸妓、婦女子。下婢、密淫売婦を云ふ。
3. 女、淫売。〔一般犯罪〕
4. 女、娼妓。〔掏模〕
5. 娼婦。支那語で娼婦を「ビー」というからその転訛か又尻のことを「びり」ということから出たという。転じて芸6. 妓婦女子。下婢などをいう。

〔ルンペン/大阪、俗語、刑事、宮崎県、島根県、長野県〕
1. 婦女ノコトヲ云フ。〔第六類 人身之部・長野県〕
2,.女ノコトヲ云フ。〔第六類 人身之部・島根県〕
3. 女ノコトヲ云フ。〔第六類 人身之部・宮崎県〕
4. 婦女子。〔第二類 人物風俗〕
5. 女のこと。『ビリコケ』は淫奔な女の意である。〔刑事〕
6. 女。
7. 女のことをいふ。「びりこけ」は淫奔な女のことをいふ。

1, 館林にて姦通のことなりと。「俚言集覧」にあれども、情事の意。時に女陰の義とも解すべきか。「びり出入名月の夜に書き初め」「びり出入まず経文のうらに書き」「けつをだんずる所だにびり出入」「びり出入大屋もちつとなまぐさし」「びりいけん母は他人の口をかり」。

〔不良仲間〕
遊廓。大口 不良仲間。

〔ルンペン/大阪、不良少年少女/テキヤ、不/犯、山口県、犯罪者/露天商人、露店商、香、香具師/不良〕
1. 下婢ノコトヲ云フ。〔第六類 人身之部・山口県〕
2. 娼妓。〔第二類 人物風俗〕
3. ビリは女郎のことです。矢張りテキヤの隠語で、ビリは下のことを言ひ現はしたものです。
4. 女郎。
5. 〔不・犯〕女郎のことを云ふ。又下等のこと。「ガセビリ」参照。
6. 娼妓又は下流芸妓を云ふ。
7. 娼妓。行橋。
8. 女郎、娼婦、びり公ともいう。〔香具師・不良〕
9. 売淫のこと。媚(こび)売りの省略語。〔香〕

等々。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/hi/biri.html

には,

「ビリの語源は未詳であるが、『尻(しり)』が転訛して『ひり』となり、『びり』になったとする説が有力とされる。 びりという語は、古く江戸時代の歌舞伎にも見られ、『最下位』の意味のほか、『尻』から『男女の情交』を意味するようになり、『男女の情交』から『女性の陰部』の意味で用いられ、転じて遊女や女郎の意味や遊女などをののしる語としても用いられている。これら全て『尻』が基点になっているため、ビリの尻転訛説は有力と考えられる。また、『屁を放(ひ)る』の『ひる』と『尻』が混ざり、『しり』が『ひり』になり、『びり』になったとする説もあるが、有力な説とは考え難い。」

とある。増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)は,

「シリ,ヒリ,ビリと音韻変化」

を取っているが,これは,『大言海』の,

しり(尻)の転訛,

を具体化したものと思われる。『日本語源大辞典』は,「しり」の転訛の他に,

イバリ(尿)の上略か,また,放屁する意のヒリケツの転か(嫁が君=楳垣実),

を挙げている。この説なら,『語源由来辞典』が捨てた,「放屁」説も具体的に見えてくる。

『岩波古語辞典』『隠語大辞典』などの意味を見てみると,「びり」は,根拠はないが,基本は,「尻」というより,「女陰」を指す隠語だったのではないか,という気がしてくる。俗語のお○○○も,「びり」と同じく,情交も意味する,罵り言葉でもある。だから,

しり→ひり→びり,

の音韻変化ではなく,はじめから,

びり,

だったのではないか,という気がしてならない。そこには,しかし,明らかな差別意識がある。もっとはっきり言って,女性蔑視がある。「尻」からの意味の派生にしては,余りにも,女性あるいは,その下半身系に偏りすぎている。

しり→ひり→びり,

の音韻変化は,どうも牽強付会に見える。あるいは,はっきり言って,おためごかしである。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)

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