2017年10月29日

くちびる


「くちびる」は,

唇,
脣,

と当てられる。『広辞苑』は,

「口縁(くちべり)の意」

としている。漢和辞典の「くちびる」には,

吻,

も当てる。漢字を見ると,「脣」の字は,

「辰(シン)の原字は,貝がらからびりびりとふるえる柔らかい貝の足が出た姿を描いた象形文字。振・地震の原字で,弾力を帯びてふるえる意を含む。唇は『口+音符辰』で,やわらかくてびりびりとふるえるくちびる。」

「脣」の字は,

「『肉+音符辰』で,やわらかくたふるえるくちびる」

だが,『字源』には,「脣」は俗字,とある。「吻」の字は,

「勿(ブツ)は,没と同系で,隠れて見えない意を含む。吻は『口+音符勿』。ブツの語尾が伸びてブンとなる。口もとを隠してふさぐくちびるのこと」

とある。

で,「くちびる」の語源だが,『日本語源大辞典』も,

「クチ(口)+ヘリ(縁の音韻変化)」の音韻変化,

とし,『日本語の語源』も,

クチベリ(口縁)はクチビル(脣)…になった」

としている。『大言海』も,

「口縁(クチベリ)の転。川傍(カハビ),川辺(カハベ)。ありく,あるく。釈名『脣,口之縁(へり)也』」

と同様である。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/ku/kuchibiru.html

は,

「唇は、口のふちにあることから『くちへり(口縁)』の転か,『くちへら(口辺)』の意味と考えられている。上代は清音で『クチヒル』といっていたようで,奈良時代の仏典には『脣』に『久知比流』の訓が見られる。『クチビル』と濁音化された例は,平安末期の漢和辞典『類聚名義抄』に見られる。」

と,整理している。「口縁」か「口辺」か,いずれにしても口の「端」というところだろう。では,その「くち」は,どこからきたか。

「口」の字は,

「人間のくちやあなをえがいた」

描いた象形文字だが,

「そのおとがつづまれば谷(あなのあいたたに),語尾が伸びれば孔(あな)や空(筒抜けのあな)となる。いずれも,中空にあなのあいた意を含む。」

という意味を持つ。

さて,「くち」について,『岩波古語辞典』は,

「古形クツ。食物を体内に取り入れる入口。また,言葉を発する所,転じて,物の始るところ。またものを言うこと」

とある。「くつ」の項には,

「『くち』の古形。『口籠(くつこ)』『くつばみ』『口巻(くつまき)』『轡(くつわ)』など複合語に残っている。朝鮮南部方言kul(口)と同源」

とある。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/ku/kuchi.html

は,

「飲食物を取り入れる 器官であることから,『クフトコロ(食処)』の略か、『クヒミチ(食路)』の略と考えられる。また,古くからある『ち』の付く言葉は『霊』を表すことが多いため,『く』は『食』を意味し,『ち』は『霊』を意味している可能性もある。口は飲食に関するたとえとして用いられるほか,体に取り入れる最初の器官であることや,発声もする器官であることから,入り口や最初,声や話・噂,数の単位など,さまざまな意味で用いられる。」

とし,『日本語源大辞典』にも,

クフトコロ(食処)の略転か(国語溯原=大矢徹),
クヒミチ(食路)の略か(燕石雑志),
キミチ(気道)の略転(国語蟹心鈔),
ウツ(空)の義(言元梯),
クは穴の義(国語の語幹とその分類=大島正健),
クボシ(窪)の義(桑家漢語抄),
クチル(朽),またはクタシ(腐)の義(和句解・日本声母伝・玄同放言・名言通・和訓栞),
カムトシ(敢利)の反。クフタリ(食足)の反(名語記),
クヒコトイヒ(食事言)の義(日本語原学=林甕臣),
深いことを意味する梵語クチ(俱胝)から(和語私臆鈔),
「口」の入声kutの転化(日本語原学=与謝野寛),
クは飲食の概念を表す言語。チは霊の意(日本古語大辞典=松岡静雄),

等々諸説載るが,いずれも語呂合わせに過ぎない。しかし,『日本語源広辞典』でも,

「漢字の『口の入声kut+母音』が有力」

としている,

「口」の入声kutの転化

説が注目される。というのは,『岩波古語辞典』が,

「朝鮮南部方言kul(口)と同源」

という見解を出しているからである。

漢字の入声→朝鮮半島→和語,

の流れで,

kut→kutu→kuti,

と転じて来たと見ることができるのではないか。

「オーストロネシア(AN)語と日本語の基礎語彙比較」

http://roz.my.coocan.jp/wissenshaft/AN_2/AN_JP_37_43.htm

は,

「『クチ』(古形は『クツ』と推定)に対応する語は、散々探しましたが、AN語には見つかりません。大野晋氏が旧版『日本語の起源』で挙げた『ポリネシア語』、『クチ』(gutu) は幽霊語で、ポリネシア祖語は、ŋu(s)u が正しい形です。AN祖語は冒頭に挙げた表に示したように、日本語と似ても似つかぬ形をしています。
一方、広く知られているように、高句麗語に『口』=「古次」(ko-tsii)という語があったと推定されています。AN諸語に発見できない言葉が、高句麗語で見つかるという、いささか『出来すぎ』と言える例です。
 しかし残念ながら、この語とアルタイ諸語との関係は明らかにされていません。『クチ』は、日本語と高句麗語にのみ存在が確認される言葉なのです。 高句麗語の系統も謎なので、簡単に『アルタイ系』とは言えないのです。(中略)
韓国語の『クチ』はip で、これは日本語の『言ふ』(ipu)と同源と思われます。」

としている。とすると,上記の流れは,

漢字の入声→朝鮮半島北部→朝鮮半島南部→和語,

とつながる気がするが,いかがであろうか。とすると,「くち」を,「口」を知るまで,何と呼んでいたのだろうか。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
簡野道明『字源』(角川書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm

【関連する記事】
posted by Toshi at 05:19| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください