2017年11月10日

いね


「いね」は,

稲(稻),
禾,

と当てる。「稲(稻)」の字は,

「舀(ヨウ・トウ)は臼の中をこねること。稻はそれを音符として,禾(いね)を加えた字。」

である。「いね」は,

稲禾(とうか),
禾稲(かとう),

ともいうらしい。「稲」については,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%8D

に詳しいが,

「日本国内に稲の祖先型野生種が存在した形跡はなく、揚子江中流地域において栽培作物として確立してから、栽培技術や食文化などと共に伝播したものと考えられている。日本列島への伝播については、幾つかの説があり、概ね以下のいずれかの経路によると考えられている。
江南地方(長江下流域)から九州北部への直接ルート、
江南地方(長江下流域)から朝鮮半島南西部を経由したルート、
南方の照葉樹林文化圏から黒潮にのってやってきた『海上の道』ルートである。」

とあり,「稲」作は人とともに,伝播した。言葉は,そのとき伝わったとみていい。

稻.jpg

成熟期のイネ(長粒種)


『岩波古語辞典』には,

「古形イナの転」

とある。稲わらとか稲垣,稲束,稲作,稲田,稲幹(いながら),稲子(蝗),稲扱(いなこぎ),稲荷等々,複合語の中にのみ生き残っている。

『大言海』は,

「飯根(いいね)の約。恆山(くさぎ)を鷺の以比禰と云ひ,白英(ひよどりじょうご)を鶫(つぐみ)の以比禰と云ふ」

としているが,ちょっと意味がくみ取れないが,「恆山(くさぎ)」は,

http://www2.mmc.atomi.ac.jp/web01/Flower%20Information%20by%20Vps/Flower%20Albumn/ch2-trees/kusaghi.htm

に,

「深江輔仁『本草和名』(ca.918)に、恒山は「和名久佐岐、一名宇久比須乃以比祢」と。源順『倭名類聚抄』(ca.934)に、恒山は「和名宇久比須乃以比禰、一云久佐木乃禰」と。」

あり,いわゆる「くさぎ」のことを言っており,「ひよどりじょうご(鵯上戸)」については,

くさぎ.jpg

(クサギ)


http://blog.goo.ne.jp/momono11/e/b7408ea9aa0296032a1d8add99cc78c2

に,

「赤い実を鵯が好んで食べることから、ヒヨドリジョウゴの名前がついたとされる。実は真っ赤で美味しそうではあるが、不快な匂いがし、鳥にとっても美味しいものとは思えない。最初『ツグミ』の名前を付けていたが、後に、雑食性でなんでも食べる、鵯の名前を借りたのかもしれない。日本の古書『本草和名(ほんぞうわみょう・918)』には、漢名に『白英(はくえい)』、和名に『保つ呂之(ホロシ)』、の名がある。その後『豆久美乃以比禰(つぐみのいいね)』ともよばれ、江戸時代に『ヒヨドリジョゴ』が定着した。」

とあり,「以比禰」が「飯根」と「いいね」かさなるが,「以比禰」をもって,「いね」の語源「飯根」の傍証とする根拠が,浅学の自分には見えなかった。なにより,「いね」の古形が「いな」とするなら,これは傍証にもなっていないことになるのだが,『大言海』は,「いな(稲)」を,

くさなぎじょうご.jpg

(ひよどりじょうご)


「いねの轉」

とし,

「ふね(船),ふな。かね(金),かななど同趣多し」

としているので,「いな」はあくまで,「いね」の転としているところから来ているのだろう。

『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/i/ine.html

は,

「稲の語源は以下の通り諸説あり,『食糧』『生命』『寝具』『原産地』のどれに重きを置くかによって見解が異なる。 稲は食糧として重要なものであることから,『いひね(飯根・飯米 )』の意味とする説。 稲は食糧のほか藁を加工して多くのものが作られ,日本人の生活と切っても切れない関係にあることから,『いのちね(命根)』『いきね(生根)』の約など,『生命』と結びつける説。稲の藁は布団や畳などに加工され,古代人は藁を敷いて寝ていたことや,正月の忌み詞として『寝ね(いね)』と掛けた『稲挙ぐ』『稲積む』という言葉があることから,『いね(寝ね)』の連用形が名詞化された説。稲は原産地の言葉に基づくもので,ジャワのスンダ語『binih』,セレベス島のバレエ語『wini』などと同源とする説。漢字の『稲』は,漢音で『ドウ・ダウ』。呉音で『ダオ』と発音し,音読みの『トウ・タウ』には繋がるが,『いね』の語源とは関係ない。」

と諸説を挙げる。また,

http://agrin.jp/hp/q_and_a/kome_yurai.htm

も,

▽イツクシイ(愛)ナエ(苗)、つまり大切な植物としてそだてたところからという説
▽イヒネ(飯寝)からという説
▽イノチノネ(命根)の略という説
▽イツクシナへ(美苗)という意味という説

諸説を挙げる。しかし,いずれも,後世の語呂合わせの感が強い。いずれも,稲作の伝播との関連が見えない。ジャワ島やセレベス島では,伝播経路とうまくつながらない。ただ,

http://riceterraces.net/oryza/rice/kotoba.html

に,「こめ」は,

「今は、『米(コメ)』というと、稲の実である、いわゆる、食べる部分を表しますが、昔は、全体を表していました。 『コメ』は『久米(クメ)』とも同じ言葉で、インドシナ東部、中国南部、琉球諸島および、日本に分布する言葉です。」

とあるのがヒントになるのではないか。なお,「いね」については,

「『イネ』の基本型は『ネ』だといわれています。これは、中国南部の『Nei』『Ni』、ベトナムの『Nep』と繋がる言葉です。」

とあるのが,説得力がある。ちなみに,「稲(トウ)」についても,

「中国で古来使用されていた『稌(ト いね)』と、その新字である『稲(タオ)』で、これは、安南語の『ガオ』、ミュオン語の『カウ』と関係があるとされています。この言葉の繋がりから、中国へは、インドシナから華南を通 って稲が華北へ伝えられたと考えられます。日本語の『稲(トウ)』、朝鮮語の『ト』、タイ語の『カオ』は、これと同系統の言葉とされています。」

としていて,納得できる。なお,「稌」の字は,『漢字源』には載らず,『字源』には,

もちいね,酒を醸すべし,

とのみ意味が載る。

なお,「こめ」の語源については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/454757401.html

で触れた。

参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%8D
http://riceterraces.net/oryza/rice/kotoba.html
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm

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posted by Toshi at 05:14| Comment(0) | カテゴリ無し | 更新情報をチェックする
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