2017年12月02日
はら(原)
「はら」は,原っぱの「はら」である。
「腹」や「向かっ腹」で触れた,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/424241083.html
や「はら(腹)」
http://ppnetwork.seesaa.net/article/455047479.html?1511295116
で,触れたように,「腹」の語源の一つに,「ハラ(原)」があり,人体の中で広がって広いところ,の意,という説がある。『大言海』は,
「廣(ひろ)に通ず,原(はら),平(ひら)など,意同じと云ふ。又張りの意」
とする。「原」の項では,
「廣(ひろ),平(ひら)と通ず。或いは開くの意か。九州では原をハルと云ふ。」
とある。しかし,『岩波古語辞典』は,
「晴れと同根」
とする。「晴れ」を見ると,「晴・霽」の字を当て,
「ハラ(原)と同根か。ふさがっていた障害となるものが無くなって,広々となる意」
とするので,意味は,『大言海』と同じである。『大言海』の「はる」の項を引くと,
墾,
治,
という字を当てるものと,
晴,
霽,
の字を当てるものと区別しているが,前者は,
開くの義,開墾の意,掘るに通ず」
とし,後者は,
「開くの義,履きとする意,
として,いずれも「開く」につながる。その意味は,
パッと視界が開く,
晴れ晴れ,
という感じと似ているが,それは,
開いた(開墾した),
という含意があることらしい。つまり,開く(開墾する)ことで,開けたという意味である。
「原」の字は,
「『厂(がけ)+泉(いずみ)』で,岩石の間の丸い穴から水がわくいずみのこと。源の原字。
水源であることから『もと』の意を派生する。広い野原を意味するのは,原隰(ゲンシュウ)(泉の出る地)の意から。また,生真面目を意味するのは,元(まるい頭→融通のきかない頭)などに当てた仮借字である。」
とあり,もともとは起源の意味で,そこから派生して,平原の意がでてきた,ということらしい。
その「原」を当てた「はら」の語源について,『日本語源広辞典』は,二説挙げる。
説1は,「ハラ(ハリ,開・墾・治・拓の音韻変化)」が語源で,開墾して広がった地の意,
説2は,「ヒロ(広),ヒラ(平)」が語源で,ハルバル(遥々)やハラ(腹)と同根で,広がった平地の意,
である。「はるばる」あるいは「はるか」という語感とつながっていく。『岩波古語辞典』は,「はるか」で,「はら」と同じことを書いている。
「ハレ(晴)と同根。途中に障害となるものが全くなく,そのままずっと,かなたの果てまでみえているさま」
と,日本は照葉樹林帯であり,本来,草原が手つかずであるはずはない,ということを考えると,「墾」「治」を当てた意味はなかなか深いのではないか,と思う。念のため,「墾」の字は,
「貇(コン)は,深くしるしをつける意を含む。墾はそれを音符とし,土を加えた字で,力を込めて深く地にくわをいれること,力をこめてしるしをつける意を含む」
であり,「たがやす」「荒れた地にすきやくわを入れてたがやす」意であり,「治」の字は,
「古人はまがった棒を耕作のすきとして用いた。以の原字はその曲がった棒の形で,工具を用いて人工をくわえること。台は『口+音符厶(=以)』の会意兼形声文字で,ものをいったり,工作するなど作為を加えること。治は『水+音符台』で,河川に人工を加えて流れを調整すること。以・台・治などはすべて人工で調整する意をふくむ。」
と,「墾」「治」ともに,自然を開く(加工する)意を含む。
『日本語源大辞典』も,「はら」について,諸語源説を,
ハラ(開)の義(東雅・和訓栞・大言海),
ヒロ(広)の義(日本釈名・和語私臆鈔・言元梯・大言海),
ヒラ(平)の義か(日本釈名・大言海),
平らで広いところから,ヒララカの反(名語記),
ヒロクタヒラ(広平)の義(言葉の根しらべの=鈴木潔子・国語の語幹とその分類=大島正健),
ハラはヒラ(平)またはヒロ(広)の約,ラはツラ(連)の約ダの転(和訓集説),
平々として人のハラ(腹)に似ている4ところからか(和句解),
腹も同語か(時代別国語大辞典・上代編),
ハルカ(遥)の義か(名言通),
ハレ(晴)と同根か(岩波古語辞典),
と並べるが,しかし,その上で,「はら」について,こう述べる。
「上代において,単独での使用例は少なく,多く『萩はら』『杉はら』『天のはら』『浄見はら』『耳はら』など,複合した形で現れ,植生に関する『はら』,天・海・河などの関する『はら』,神話・天皇・陵墓に関する『はら』等々が挙げられる。したがって,『はら』は地形・地勢をいう語ではなく,日常普通の生活からは遠い場所,即ち古代的な神と関連づけられるような地や,呪術信仰的世界を指す語であったと考えられる。この点,『の(野)』が日常生活に近い場所をいうのと対照的である。しかし,上代末,平安初期頃から,『の』と『はら』の区別は曖昧になった。」
つまり,この説でいくと,「はら」は,もっと曖昧な,意味の幅の広い言葉で,その意味では,
はるか(遥),
という言葉のもつ語感が,始原に近く,
晴,
霽,
を当てる字から,
墾,
治,
という字を当てる意味にシフトした,と見ることができる。「はるか」について,『日本語源広辞典』は,
「ハル(ハルバルの意)+カ(接尾語)」
で,遠く離れた状態をあらわす,という。もとは,空間的な意味だが,時間的にも使う,とある(『岩波古語辞典』)。その,
人からの遥かに離れた感覚,
が,
広がり,
を感じさせ,
はるけき,
はるかす,
といった遠い感じだけでなく,視界が開く感じにも,意味はつながっていく。「はるか」に,日常から離れている「はら」だからこそ,「晴れ」に通じ,
ハレ(霽),
になるのであり,「の」は,
ケ(褻),
なのである。ハレ(晴れ、霽れ)は,
儀礼や祭、年中行事などの「非日常」,
「ケ(褻)」は,
普段の生活である「日常」,
を表しているとされるが,「ハレ」は日常の軛から脱するとき(場)でもある。その意味で,僕には,
はるか,
はるばる,
は,そういう気分や状態を表す擬態語だったのではないか,という気がしてならない。
なお,「ハレとケ」については,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%AC%E3%81%A8%E3%82%B1
に詳しい。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
ホームページ;
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今日のアイデア;
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