うそ


「うそ」は,

噓,

と当てる。この字は,

「『口+音符虚』で,口をとがらせてふっと息を出すこと」

で,「息を吐くときの擬声音」。

息をはく,
うそぶく,
吹聴する,
嘆息する声,

という意味になり,「嘘をつく」という意味の「うそ」に使うのは,我が国だけである。

https://okjiten.jp/kanji1324.html

には,

「『口』の象形と『虎(とら)の頭の象形(「虎」の意味だが、ここでは「巨」に通じ(「巨」と同じ意味を持つようになって))、『大きい』の意味)と丘の象形(『荒れ果てた都の跡、または墓地』の意味)』(『むなしい』の意味)から、むなしい言葉『うそ』を意味する『嘘』という漢字が成りたちました。
『虚』は息を吐くときの擬声語(動物の音声や物体の音を象形文字で表したもの)とも言われており、『吹く』、『吐く』の意味も表します。」

噓.gif



とあるが,「虚」(漢音キョ,呉音コ)の字は,

「丘(キュウ)は,両側におかがあり,中央にくぼんだ空地のあるさま。虚(キョ)は『丘の原字(くぼみ)+音符虍(コ)』。『虍』(とら)とは直接の関係はない。呉音コは虚空(コクウ),虚無僧(コムソウ)のような場合にしか用いない。」

で,「虚」自体は,むなしい,中がなくて空ろ,という意味しかない。因みに,「丘」の字は,

「もとの字は,周囲が小高くて中央がくぼんだ盆地を描いたもの。虚(くぼみ)の字の下部にあって音符として用いられる。邱とも書く」

とある。「噓」の字自体に,「むなしい」という含意はあっても「うそ」という意味はない。

さて,「うそ」とは,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%98%98

に,

「事実に反する事柄の表明であり、特に故意に表明されたものを言う。 アウグスティヌスは『嘘をつくことについて』(395年)と『嘘をつくことに反対する』(420年)の二論文において、嘘について「欺こうとする意図をもって行われる虚偽の陳述」という定義を与えている。この古典的定義は中世ヨーロッパの言論・思想界に大きな影響を与えた。」

とある。その意味の,「うそ」の語源は,『大言海』は,

「ウソブクのウソなるべし」

とする。「うそぶく」で,さらに。

「ウソは,浮空(うきそら)の略にもあるか(引剥〔ひきはぎ〕,ひはぎ。そらしらぬ,そしらぬ)。虚空のことなるべし。」

としている。しかし,『岩波古語辞典』は,「うそぶく」について,

「ウソ(嘯)フキ(吹)の意」

としているので,「うそぶく」が「うそ」から派生したことはわかるが,「うそぶく」が「うそ」の語源ではありえないように見える。ただ,「うそぶく」は,

嘯く,

と当て,意味は,

口をすぼめて息を大きく強く吹く,また口笛を吹く,
(鳥や獣が)鳴声を上げる,ほえる,
詩歌を口ずさむ,

という状態表現で,それが転じて,

そらとぼける,
大きなことを言う,

と価値表現に転じている。この「うそぶく」に当てる「嘯」の字は,

「口+音符肅(ショウ) 細い,すぼむ」

で,まさに,「うそぶく」の意味と重なり,

口をすぼめて長く声をひく,
口をすぼめて口笛を吹く,

の意である。この意味の「うそ」は,

嘯,

の字を当て,

口をすぼめて強く吹きだす,
口笛,
うそぶき,

の意味になる。『岩波古語辞典』は,この「うそ」に,

嘯,
噓,
啌,

の字を当てている。こう見ると,「嘯吹(うそふ)き」が,「空吹き」の意になり,「嘘つき」と転じた,と思いたくなる。また,「うそぶく」と「噓」「嘯」の字との微妙な意味との重なり具合が気になる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%98%98

も,

「日本語の『嘘』の語源は古語の『ウソブク』という言葉が転化したものである。ウソブクという言葉は口笛を吹く、風や動物の声といった自然音の声帯模写、照れ隠しにとぼける、大言壮語を吐く、といった多義的な使われ方をしていた。また、独り歌を歌うという意味もあり、目に見えない異界の存在に対し個人として行う呪的な行為を指した。中世に入って呪的な意味が薄れ、人を騙すといった今日的な『嘘』が一般に使われるようになったのは中世後期になってからのことである。」

と,「うそぶく」語源説をとる。

http://www3.kcn.ne.jp/~jarry/jkou/ii013.html

は,噓の語源として,

「<1>うつけ説 「う」はうつけのう、「そ」はそらごとのそ、合わせて「うつけたそらごと」という意味で「うそ」と使うようになりました。
<2>玉須説  昔、中国に玉須(ぎょくす)という鳥屋がいました。「白いカラスが見たい」という人がいたところ「ああ、それならうちの店にいるよ」と答えました。実際に店に訪れてみるとそんな鳥がいるはずもなく、白い(素)カラス(烏)は「烏素(うそ)」であった、という故事から生まれた言葉です。そして「玉須さん」が「だます」の語源ともなっています。※とてもよくできたおもしろい展開ですが、これこそ誰かが作り上げた「うそ」なのでしょうね。
<3>うきそら説  浮つく(うわつく)の「浮」と空々しいの「空」で、「うそ」となりました。
<4>カワウソ説  カワウソが尾を振って人をばかすという俗信から、カワウソを省略して「ウソ」となりました。
<5>実質説  中身が何もない「失せ」と実質的に「薄い」ことから、「薄き」「失せ」が合わさって「うそ」ができあがりました。
<6>迂疎説  迂(う=避ける、実質にあわない)と疎(そ=うとい、うとむ)が合わさって「うそ」ができあがりました。」

と挙げているが,「うそぶき説」はない。『日本語源広辞典』は,「うそ」の語源を三説挙げる。

説1は,中国語の「迂疎」で,遠ざけるものの意,
説2は,「ウ(大いなる)ソ(そらごと,そむくこと)」で,大きなソラゴトの意,
説3は,うそぶく(そらとぼける)の語幹説,

と挙げる。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/u/uso.html

は,

「嘘の語源は以下の通り諸説あり、正確な語源は未詳である。 関東地方では、近年まで『嘘』を『おそ』と言っていたことから、『軽率な』『そそっかしい』を意味する『をそ』が転じたとする説。 漢字の『嘘』が、中国では『息を吐くこと』『口を開いて笑う』などの意味で使われていたため、とぼけて知らないふりをすることを意味する『嘯く(うそぶく)』の『うそ』からとする説や、『浮空(うきそら)』の略を語源とする説などがある。また、『噓』の意味として,奈良時代には『偽り(いつわり)』、平安末期から室町後期になり、『うそ』が使われ始めている。」

として,未詳とする(時期については,『広辞苑』には室町末の日葡辞典に「ウソヲツク」と載るとしているので,その時期にはそういう使われ方が定着していたとみられる)。『日本語源大辞典』は,十一の語源説を列挙しているが,確定させていない。

ウキソラ(浮虚)の義(和訓栞・言葉の根しらべの=鈴木潔子),
ウキソラ(浮空)の略か(大言海),
ウチソラ(内空)の義(日本語源=賀茂百樹),
実質のウスキ(薄),或はそのウセ(失)たる言の意(国語の語幹とその分類=大島正健),
古語ヲソの転(雅言考験・玉勝間・俚言集覧),
ヲソ(獺)に擬して言う語。カワウソが尾を振って人をばかすという俗言から(かた言),
虚を意味するあざの転訛(日本古語大辞典=松岡静雄),
ウソ(烏素)で,烏は黒いのにシロ(素)いといつわりをいうぎ(志布可起),
口をすぼめて唇を突きだしたまま声を出すウソプク(嘯)から。ウソも不真面目な調子の作り声でいうことが本来の意(万葉代匠記所引奥義抄・不幸なる芸術=柳田國男・大言海),
ウはウツセミ,ウツケのウ,ソはソラコトのソ。うつけたそらごとの意(両京俚言考),
ウは大いなる義。ウソは大いにそむく意(日本声母伝),
「迂疎」の音Wu-soから(日本語原学=与謝野寛),

しかし,「うそ」が最初からこんにちの「噓」の意でなかったとすると,「噓」の漢字を当てた人の思いからするなら,それと重なる,

口をすぼめて息を吹き,音を出す→ほえる,なく→うそぶえを吹く→そらとぼける→大きなことを言う

と,状態表現から価値表現へと転じた「うそぶく」が,

大きなことを言う→ソラゴトを言う

と,価値表現の意味が,大きなことから,空事,虚言,へと転じた見るのが自然に思える。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
https://okjiten.jp/kanji1324.html

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