「しこな」の,
四股名,
は当て字,本来,
醜名,
と当てる。『広辞苑』には,
自分の名の謙称。「行成がシコナ呼ぶべきにあらず」(大鏡)。類聚名義抄「諱,シコナ・イミナ」
渾名。「彦根の事をいうてしかり給ふゆゑ,後々には子どもも。シコナを彦根ばばといひし」(おあん物語)
(「四股名(しこな)」は当て字)相撲の力士の呼び名,
と意味が載る。「しこ」は,『広辞苑』は,
醜,
鬼,
の字を当て,
強く頑丈なこと,
頑迷なこと,醜悪なこと,
と載る。『岩波古語辞典』は,「しこ」について,
「ごつごつしていかついさま。転じて,醜悪・凶悪の意」
とある。『日本語源大辞典』は,醜悪なことの意と,さらに,
けがらわしい,いとわしい,
の意も載せ,
「多く,接頭語的,または『しこの』『しこつ』の形で,ののしったりへりくだったりする場合に用いられる。『醜い女(しこめ)』『醜草(しこぐさ)』『醜手(しこて)』『醜(しこ)ほととぎす』『醜(しこ)つ翁』など。」
と載る。この「しこ」の語源は,『大言海』には,
「又,シキとも云ふ」
とあるが,『岩波古語辞典』は,「しき(醜)」の項に,
「万葉集で『しこ(醜)』の万葉仮名『四忌』をシキと誤読してしまって生じたた語」
とある。『日本語源大辞典』は,「しこ」について,
シカミ(顰),シカル(叱)等のシカと同語か。あるいはカ(赫)からか(日本古語大辞典=松岡静雄),
シカル(叱)のもととなった動詞シクの転(続上代特殊仮名音義=森重敏),
シコフ(重瘣)の義(言元梯),
下子の義か(コクゴ),
と挙げた上で,
「『しこ』がツングース系ソロン語〔sĭkkwl~sĭrkwl〕(鬼の意)と対応するとする説(村上七郎)により,原義を『鬼』とする考えがある。」
としている。なお,『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/si/shiko.html
は,
「漢字は当て字で、『醜(しこ)』を語源とする説が 有力である。 「醜」は醜く良くないことの意味もあるが、古くは強く恐ろしいことや頑丈な ことを意味したことから一連の動作を『醜足(しこあし)』といい、略されて『しこ』となったという。その他、『肉凝(しこる)』の意味からといった説もある。」
と,異説を載せている。
いずれにしても,「しこ(醜)」は,自らを謙遜し,他を貶めるという意味で,あまりいい意味をもっていない。『大言海』は,「しこな」について,
「讒(しこ)つる名の意か」
として,
戯れ謗りて,名づくる名。謔名。渾名,
としているが,どうも,『大言海』は,名義抄の,
「諱,シコナ,イミナ」
引用し,『広辞苑』は,
類聚名義抄「諱,シコナ・イミナ」
を引用していた,「諱(いみな)」との関係が気になる。「諱」は,
忌み名,
で,
死語に言う生前の実名,
後に,貴人の実名を敬っていう,
更には,死後に尊んでつけた称号,諡(おくりな),
という意味だが,通称と実名との違いは,たとえば,武田信玄は,
太郎が通称(仮名〔けみょう〕・字),
晴信が諱(真名),
信玄は法諱,
正式には,
源朝臣武田太郎晴信,
となる。「実名敬避俗(じつめいけいひぞく)」として,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AB%B1
に,
「漢字文化圏では、諱で呼びかけることは親や主君などのみに許され、それ以外の人間が名で呼びかけることは極めて無礼であると考えられた。これはある人物の本名はその人物の霊的な人格と強く結びついたものであり、その名を口にするとその霊的人格を支配することができると考えられたためである。」
とある。とすると,当初は,
しこな,
は,諱(実名)を意味していたはずなのに,ついには,渾名となり,「四股名」となり,芸名へと堕した,ということになる。
相撲の「四股名」については,
(浮世絵に描かれた力士。猪名川政之助(最高位 関脇 1844年(天保15年))。歌川国芳。)
「力士の名のりのこと。古くは『しこ』を醜と書き、強いという意味が醜に共通し、自分を卑下して謙遜(けんそん)する場合にも使われて、『しこの御楯(みたて)』などともいった。平安朝の『大鏡』に、『行成(ゆきなり)が醜名(しこな)呼ぶべきにあらず』とあるように、自分の名を謙称していったことから始まり、強いという意味が含まれているところから、江戸時代に入って『名のり』『綽号(あだな)』といったことばにかわって、のちに力士専用にしこ名という名称が用いられるようになった。」(日本大百科全書(ニッポニカ))
とあり,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E8%82%A1%E5%90%8D
には,
「四股名の誕生は江戸時代、興行としての勧進相撲が始まった頃からと考えられている。例えば『信長公記』など戦国時代の歴史書にあらわれる相撲取りは、本名かそれに準ずる通り名などで相撲を取っていた。
職業として相撲を取る者が現れたことで、四股名が用いられる様になったが、当初は古典に登場する豪傑の名を取ったような、荒々しいものが多かった。
由井正雪の謀反事件の後、江戸幕府によって一時期四股名の使用が禁じられた。叛意を持った浪人が来歴を偽って相撲取りの巡業の中に潜伏するようなことを、取り締まるためだった。やがて幕政が安定するとこれも解禁され、谷風梶之助、小野川喜三郎らの活躍する寛政期になると、現在に通ずるような勇ましさだけでなく優雅さを強調した、「山」「川」「花」「海」といった文字を盛り込んだ四股名が使われ始めた。」
とある。なお,力士の「しこな」については,
http://www.geocities.jp/buffie7wolf/shikona.htm
に詳しい。
(大小の刀を佩刀し武士と同じ待遇であった力士。歌川国貞画:大判錦絵:杣ヶ花渕右エ門(そまがはな・ふちえもん))
参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%9B%E5%A3%AB#/media/File:Kuniyoshi_Utagawa,_The_sumo_wrestler.jpg
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm