2018年01月13日

あだ


「あだ」には,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/456146353.html?1515701759

でも触れたように,

他・異,
仇・敵,
徒・空,

の三通りがある。

あだ(他・異),
あだ(仇・敵),

は,古くは「あた」と清音であった。

「あだ(他・異)」は,

あたし(他し),

から来ている。

他のものである,

という意味である(『岩波古語辞典』)。後世濁って,

あだし(他し),

となるが,『大言海』は,

他,
異,

を当て,

「徒(あだ)の,実なき意の,我ならぬ意に移りたる語にもあるか,アダシ國,アダシ心,など云ふ用法は,アダ(徒)の語源を見よ」

として,「あだ(徒・空)」と関連するという考え方を採る。「あだ(徒・空)」では,

「徒(あだ)を活用せしむ(眞〔まこと〕しき,大人(おとな)しき)。アダシ契,アダシ世,などと云ふは,終止形を,名詞に接続せしむる用法にて,厳(いか)し矛,空し車,同じ年などと同例なり」

と,「あだ(他・異)」と「あだ(徒・空)」とを関連づけている。

「あだ(仇・敵)」については,『大言海』は,「仇きに同じ」として,

「憎むに因りて濁らするか(浅〔あさ〕む,あざむ。淡〔あは〕む,あばむ)」

としているが,『岩波古語辞典』は,

「びたりと向き合って敵対するものの意」

とし,

敵,
自分に害をなすもの,
害,
うらみ,

と,敵という状態表現から,害そのもの,さらにうらみへと価値表現が転じている。

『日本語源大辞典』は,この「あだ(仇・敵)」について,

「語源についてはいまだ確定的なものはない。『万葉集』の表記に始まって平安朝の古辞書における訓,中世のキリシタン資料の表記はすべてアタと清音になっており,江戸中期の文献あたりでは,いまだ清音表記が主流である。二葉亭四迷の『浮雲』を始め近代の作品ではアダと濁音化しているので,江戸後期から明治にかけて濁音化が進んだとみられる。」

と,江戸末期以降の濁点化を指摘している。

『大言海』は,「あた(仇)」の項で,その由来を,

「當(あた)るの語根,名義抄,支那『敵,アタル,カタキ,アタ』日本釈名(元禄)中十四『アタは,當る也,我と相當る也,敵當の意なり』」

としている。『日本語源広辞典』は,「あだ(仇・寇)」を,やはり,

「『アタ(当たるの語幹)の変化』です。アタンスル(寇にする)が方言に残っています。アダと濁音になったのは憎む意の加わったものです」

とする。

「あだ(徒)し」については,『岩波古語辞典』は,

「意味上はアダ(不実)の形容詞形と考えられるが,常に名詞と複合した形で使われる。アダシ(他)とアダ(不実)との意味と形の近似による混交の結果生じた語であろう。中世以後の例が多い」

としている。「あだ(徒・空)」は,

花が実を結ばないこと,
実意・誠意がないこと,
いいかげんなこと,
無用,無駄,

という意味になる。ここからは,臆説だが,そもそもは,「あた」は,

異なる,他のもの,

と,自分とは別のものという状態表現にすぎなかったが,それが,そのこと自体に意味を持たせた価値表現へと転じ,敵対を意味する,「あた(仇)」となり,さらに,『大言海』の言う通り,空しい意味の「あだ(徒)」へとシフトしていったのではないか。

あたし→あだし,

と濁ることで,意味の変化と重なりが起きたということもあるのかもしれない。しかし漢字を当てない限り,

あた→あだ,

にすぎない。

『日本語源広辞典』が「あだ(徒)」について,

「アダ(徒・役に立たない・むだ)」

としているのは,「徒」の字を当てた「徒」の字の意味に引きずられている後解釈に思える。

因みに,「仇」の字は,

「『人+音符九』で,いっしょに集まっている仲間,同類の相手の意。かたきの意を生じたのは,好敵手の敵(相手)が,敵味方の敵の意を派生したのと同様である。」

「仇」の字もまた,ただの相手(他のもの)の意味にすぎない。

参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)


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posted by Toshi at 05:08| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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