2018年01月26日

重忠


岡本綺堂のさりげない地の文に,芝居の薀蓄が散りばめられている。そのことは,「とんだ孫右衛門」の項,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/418161213.html?1430333078

でも,「三つの声」の項,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/418326441.html

や,「喩」の項,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/418053269.html


で,「粟津の木曾殿」について,触れたことがあるが,たまたま,また綺堂の『鎧匱の血』を再読していて,前にはスルーしていた,

「大勢のうちには岩永も重忠もあるのでしょうが」
「重忠ぞろいなら子細はないが岩永が交じっていて野暮にむずかしい詮議をされたら」

などという行りがある。どうやら,歌舞伎の

『壇浦兜軍記』
『景清』

の,畠山重忠と岩永左衛門を指すらしい。歌舞伎に疎い僕にとって馴染みはないが,明治期のひとには,これで十分意が通じたものと見える。それぞれの筋は,

http://enmokudb.kabuki.ne.jp/repertoire/2134
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%99%AF%E6%B8%85_(%E6%AD%8C%E8%88%9E%E4%BC%8E%E5%8D%81%E5%85%AB%E7%95%AA)

に譲るが,詮議に厳しいものと,穏やかなものの喩えとして,これを用いているが,問屋場の役人に荷物を調べられるところの喩えとして,景清(悪七兵衛景清)を詮議する代官重忠と助役の岩永に準えられても,芝居に疎いわれわれにはなかなかぴんと来ない。

「東海道五十三次之内・宮 景清」.jpg

(「東海道五十三次之内・宮 景清」 八代目市川團十郎の景清。東海道五十三次を背景にした見立絵。八代目團十郎は嘉永2年8月、河原崎座で歌舞伎十八番の景清を演じている。三代目歌川豊国画。)


たとえば,泥濘の道に難渋するのを,

「粟津の木曾殿で,大変でしたろう。なにしろここらは躑躅の咲くまでは、江戸の人の足踏みするところじゃありませんよ。」

という言い回しをする。これは,言わずと知れた,粟津で泥田に馬の足を取られて,討たれた木曽義仲を指している。平家物語には,

「木曾殿はただ一騎、粟津の松原へぞ駆け給ふ。頃は正月二十一日、入相ばかりの事なるに、薄氷張りたりけり。深田ありとも知らずして、馬をさつとうち入れたれば、馬の頭も見えざりけり。」

とある。その他,滑って転んで,

「とんだ孫右衛門よ」

と,『梅川忠兵衛』の実父の名が,ひょいと出る。たとえば,岡本綺堂『半七捕物帳』の「張子の虎」に,

「尻を端折はしょって番傘をさげて、半七は暗い往来をたどってゆくと、神明前の大通りで足駄の鼻緒をふみ切った。舌打ちをしながら見まわすと、五、六軒さきに大岩おおいわという駕籠屋の行燈がぼんやりと点っていた。ふだんから顔馴染であるので、かれは片足を曳き摺りながらはいった。
『やあ。親分。いい塩梅あんばいにあがりそうですね』と、店口で草履の緒を結んでいる若い男が挨拶した。『どうしなすった。鼻緒が切れましたかえ』
『とんだ孫右衛門よ』と、半七は笑った。『すべって転ばねえのがお仕合わせだ。なんでもいいから、切れっ端ぱしか麻をすこしくんねえか』」

これで一定の読者には通じるのである。これは,歌舞伎の『恋飛脚大和往来』,人形浄瑠璃『けいせい恋飛脚』を歌舞伎に脚色したものだが,そこで,通称『梅川忠兵衛』と言われるものからきている。

大坂の飛脚屋亀屋に養子に出した忠兵衛の,実父孫右衛門が,「新口村の場」で,

大坂の飛脚屋亀屋に養子に出した忠兵衛の実父,大和国新口村の百姓孫右衛門が,「新口村の場」で,遊女梅川と逃げてきた忠兵衛が,知り合いの百姓の久六家で,(忠兵衛が店の金を横領して逃げている事は村中に知れ渡っており,庄屋に呼ばれた)忠兵衛の見知った顔が集まるため,ぞろぞろと道を行くのが見える。その最後に孫右衛門が見え,孫右衛門に会うことが叶わぬ忠兵衛と梅川は,遠くから孫右衛門に手を合わせる。すると孫右衛門が凍った道に足をとられ,そ下駄の鼻緒も切れて転んでしまう。忠兵衛は飛び出して助けたいと思っても出て行くことができない。代わって梅川が慌てて走り出て,孫右衛門を抱え起こして泥水のついた裾を絞るなどして介抱する。

と言う見せ場である。その,孫右衛門が転んで鼻緒が切れたことになぞらえて,言っている。しかも,半七は,

「転ばねえのがお仕合わせだ」

と,芝居にかこつけて,もう一つ念押ししている。この喩えの奥行が,すごいと,つくづく思う。

喩は,『大言海』には,

意の述べ尽くしがたき,或いは露わに言い難きを,他の物事を借り比べせて云う。
他事に擬(よそ)へて言う。

とある。

他のことにことよせて,

言うという意味もあるが,ここでは,前者のことを考えている。「他の物事を借りる」ためには,同じ(丸める)水準にあるものでなくてはならない。そして,その言い換えが,相手に伝わらなくてはならないので,(読み手ないし聴き手が)同じ文脈にいることが暗黙の内になくてはならない。

語源的には,「たとえる」は,

「タテ(立て)+トフ(問う)の下一段化」

で,対立物を立てて,問い比べる,という意味で,例を挙げて説明する,準える,という意味になる,とある。しかし,例を挙げるのは,具体例,抽象度の高い「概念」を,具体的例示を上げることで,それは,

例える,

であって,喩えるとは違う。僭越ながら,その認識プロセスが混同されている気がする。『古語辞典』には,「喩へ」について,

甲を直接的には説明しがたい場合に,別のものではあるが性質・状態などに共通点をもつ乙を提示し,甲と対比させることによって,甲の性質・状態などを知らせる意,

として,「なぞらえる」を意味として載せている。しかし,「喩ひ」をみると,

たとえ,例。

とある。あるいは,日本語では,

例示の例える
と,
なぞらえる「喩える」が,

混同されている,ということなのだろうか。たとえて言うと,「例える」は,

ツリー状に,上位の(概念の)下に,下位の具体的例示がぶら下がっている,

ということが言えるが,「喩える」は,

「甲」と「乙」(の概念が)が別々のツリーを構成し,その構成員としてぶら下がっている下位の例が,似ている(と対比できている),

というふうに対比できる。そもそも概念が違うのである。

いずれにしても,喩えるとき,その言い換えが,相手に伝わらなくてはならないので,(読み手ないし聴き手が)同じ文脈にいることが暗黙の内になくてはならない。その意味では,歌舞伎が共通言語にないとき,それが喩として使えないのはやむを得ないのかもしれない。

参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%99%AF%E6%B8%85_(%E6%AD%8C%E8%88%9E%E4%BC%8E%E5%8D%81%E5%85%AB%E7%95%AA)
http://enmokudb.kabuki.ne.jp/repertoire/2134
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1

スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8

posted by Toshi at 05:35| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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