種村季弘編『日本怪談集』を読む。
本書は,折口信夫から,森鴎外,三島由紀夫,芥川龍之介,泉鏡花,正宗白鳥,岡本綺堂,佐藤春夫,森銑三,吉田健一,澁澤竜彦,吉行淳之介,柴田錬三郎,筒井康隆,半村良,藤沢周平等々明治以降の作家の怪異小説を集めたものだ。
「怪を志(しる)す」
のは,中国伝来で,以来,様々な妖怪譚がある。
「妖怪の基本は,…二種類以上の動物が一つになった場合で,《鵺(ぬえ)》にその一典型をみる。」
という説もあるが,幽霊,妖怪,魔物などを含めて,「妖怪」は,
「日本で伝承される民間信仰において、人間の理解を超える奇怪で異常な現象や、あるいはそれらを起こす、不可思議な力を持つ非日常的・非科学的な存在のこと。妖(あやかし)または物の怪(もののけ)、魔物(まもの)とも呼ばれる。」
と一括りにしておく。僕は,怪異との出会いは,
接近遭遇,
であり,異界は,
パラレルワールド,
だと思っている。宇宙論が,あの世や幽界・霊界とつながることについては,コナン・ドイルのスピリチュアリズムについて触れた,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/441553477.html
や,あの世を量子論からアプローチした,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/416694519.html
で触れた。なお宇宙論のパラレル・ワールドについては,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/416793184.html
で触れている。
異界がパラレルワールドであることを示すのは,筒井康隆の「母子像」だろう。異界へ連れ去られた妻と子を,そこから引き出したのだが,身体だけは,こちらへ取り戻したが,首だけが異界に残り,
「妻の首は,そして赤ん坊の首は,ついに戻ってくることはなかった。首のない妻は,首のない赤ん坊を抱いたまま,一日中あの薄暗い茶の間で,今もひっそりとすわっている。もちろん,そとへでることもない。」
正確には,
「パラレルワールド(parallel world)とは、ある世界(時空)から分岐し、それに並行して存在する別の世界(時空)を指す。並行世界、並行宇宙、並行時空ともいう。
『異世界(異界)』、『魔界』、『四次元世界』などとは違い、パラレルワールドは我々の宇宙と同一の次元を持つ。SFの世界でのみならず、理論物理学の世界でもその存在の可能性について語られている。」
だそうだが,宇宙論の相互の宇宙は,出会うことはない。一説には,人が,何かをして,選択する度に,別の選択をした世界とは,平行線世界として分岐するという。これは,異世界とも同じだ。
吉田健一「化けもの屋敷」は,パラレルワールドそのものだ。同じ屋敷に,以前の家族と同居している。
「日が暮れると木山がゐる所にだけ電気を付けてさうすると電気が付いていない座敷の方で人の話し声が殊の外賑やかになるやうだつた。或は確かに賑やかになつてそこまでせ行つてみれば電気も付いてゐるのではないかといふ感じがした。併しそれで木山はその家にゐる何かとの最初の問題にぶつかつてそれは木山はその家にゐるのが自分だけではないことを知ってゐてもその何かの方は木山がそこに移つて来たことに気が付いてゐるのだらうかといふことだつた。もし気が付いてゐなければ他人でそれが集まつてゐなければ他人でそれが集まつてゐる中に挨拶もしないで入つて行くのは遠慮しなければならないことだった。又挨拶をするとしてその時に何と言つたらばいいのか。木山はそれまでただ簡単に人間か人間と見ていいものと考へてゐたのだつたがまだ木山はさういふものと付き合つたことがなかつた。」
この主人公の構えの何というか,ユーモラスさが,全体の特徴で,そこで老人を見かけるのだが,
「そこの家の家の人達は先づ眼に見えないでゐるのが普通のやうでその一人が木山の前に姿を現したのは好意からのこととしか思へなかつた。」
という感慨は,ちょっとユニークといっていい。それが「化けもの屋敷」というタイトルとは異なる和やかな雰囲気を醸し出している。
このアンソロジーの中の傑作は,稲垣足穂の「山ン本五郎左衛門只今退散仕る」であろう。この元となったのは,堤邦彦『江戸の怪異譚―地下水脈の系譜』(http://ppnetwork.seesaa.net/article/432575456.html)でも触れた,
「江戸時代中期の日本の妖怪物語『稲生物怪録』に登場する妖怪。姓の『山本』は、『稲生物怪録』を描いた古典の絵巻のうち、『稲生物怪録絵巻』を始めとする絵巻7作品によるもので、広島県立歴史民俗資料館所蔵『稲亭物怪録』には『山ン本五郎左衛門』とある。また、『稲生物怪録』の主人公・稲生平太郎自身が遺したとされる『三次実録物語』では『山本太郎左衛門』とされる」
話が基ネタである。まだ元服前,十六歳の「稲生平太郎」が,我が家に出没する妖怪変化に対応し,大の大人が逃げたり寝込んだりする中,「相手にしなければいい」と決め込んで,ついに一ヶ月堪え切り,相手の妖怪の親玉,山ン本五郎左衛門をして,
「扨々,御身,若年乍ラ殊勝至極」
と言わしめ,自ら名乗りをして,
「驚かせタレド,恐レザル故,思ワズ長逗留,却ッテ当方ノ業ノ妨ゲトナレリ」
(『稲生物怪録絵巻』。向かって左が山本五郎左衛門。向き合っているのは平太郎、その上には彼を守る冠装束の氏神の姿が見える。)
と嘆いて,魔よけの鎚を置き土産に,供廻りを従えて,雲の彼方へと消えていく。この,肝競べのような話が,爽快である。
(『稲生物怪録絵巻』。五郎左衛門と妖怪たちの帰還の場面。駕籠からはみ出している巨大な毛むくじゃらの脚が、魔王としての五郎左衛門の真の姿と見られている)
その他,「くだん」
http://ppnetwork.seesaa.net/article/456407720.html
で触れたように,小松左京「くだんのはは」,内田百閒「件」と,妖怪「くだん」をめぐる話も面白い。掉尾を飾る,折口信夫の「生き口を問ふ女」は,未完ながら,関西弁の語り口が生き生きとして,さてどうなると,気にかかる。
(倉橋山の件を描いた天保7年の瓦版)
参考文献;
種村季弘編『日本怪談集上・下』(河出文庫)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E6%9C%AC%E4%BA%94%E9%83%8E%E5%B7%A6%E8%A1%9B%E9%96%80
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A6%96%E6%80%AA
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%A9%E3%83%AC%E3%83%AB%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89
阿部正路『日本の妖怪たち』 (東書選書 )
堤邦彦『江戸の怪異譚―地下水脈の系譜』(ぺりかん社)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%B6
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8