ぞっこん


「ぞっこん」は,『広辞苑』に,

「底根の転。古くは清音」

とある。室町末期の『日葡辞典』には,

ソッコンヨリマウ(申)ス,

とあるらしい。『岩波古語辞典』には,

「近世初期頃まで清音。『心根』『卒根』と書く」

とある。意味は,

心の底,しんそこ,
全く,すっかり,しんから,

という意味になる。後者は,副詞的に使う場合だが,前の名詞から広がった意味と思われる。だから,

ぞっこん惚れる,

は,副詞的な使い方で,名詞なら,

ぞっこんより惚れる,

となるのかもしれない。しかし,ぞっこん惚れるで,しんそこ惚れる意味になるのには変わらないが。『実用日本語表現辞典』

https://www.weblio.jp/content/%E3%82%BE%E3%83%83%E3%82%B3%E3%83%B3

は,

「心の底から、すっかりという意味。現代では『本気で惚れ込むさま』という意味で使われることが多い。」

としている。『日本語俗語辞典』

http://zokugo-dict.com/15so/zokkon.htm

は,

「主に『ぞっこん惚れ込む』といった言い回しで使われるが、昭和になると『お前にゾッコン』『あの子にぞっこんなんだ』といったように、ぞっこんだけで「ぞっこん惚れ込む(=心の底から惚れ込む)」という意味で使われるようになった。」

としている。『江戸語大辞典』は,「ぞっこん」に,

属魂,

を当てている。

「古くは,『そっこん』と清む。『そくこん』の促音化」

としている。『日本語源大辞典』は,それを「近世の表記」としている。「ぞっこん」と濁音化したことにより,そう当てたものと思われる。

『岩波古語辞典』は,「心根」「卒根」説だが,上記『実用日本語表現辞典』は,

「ぞっこんの語源は『底根(そここん)』であり、「そっこん」とよまれた後、濁音化され「ぞっこん」となったと言われるが、他説ある。」

と,『広辞苑』と同じ「底根」語源説。『由来・語源辞典』

http://yain.jp/i/%E3%81%9E%E3%81%A3%E3%81%93%E3%82%93

も,

「古くは清音で『そっこん』といい、『底根(そここん)』から転じたといわれる。『底』は『奥深いところ』、『根』は『心のもと』という意味があり、もともとは『心の底から』という意味で、嬉しい時や悲しい時などの場面で使われていた。それが次第に、奥深く、心の底から惚れ込んでいる気持ちを表す言葉として使われることが多くなり、『ぞっこん』は、恋愛に関することをいう言葉として定着していった。」

とし,『日本語源広辞典』も,

「『底+根』の湯桶読みです。」

同じである。因みに,湯桶読み(ゆとうよみ)は,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B9%AF%E6%A1%B6%E8%AA%AD%E3%81%BF

に,

「日本語における熟語の変則的な読み方の一つ。漢字2字の熟語の上の字を訓として、下の字を音として読む『湯桶』(ゆトウ)のような熟語の読みの総称である。(中略)これに対して、上の字が音読みで下の字が訓読みのものを重箱読みという。」

とある。

朝晩(あさバン),雨具(あまグ),豚肉(ぶたニク),鳥肉(とりニク),

等々がある。

『日本語源大辞典』は,「底根」説以外に,

ジュコン(種根)の訛(松屋筆記),

を挙げるが,『大言海』は,「ぞっこん」に二項立て,心底の意の「ぞっこん」以外に,

「シュコン(種根)の訛ならむか」

として,

根本,種姓(スジョウ),

の意を載せる「ぞっこん」の項がある。

「成景は,京の者,熟根(じゅっこん)賤しき下﨟なり」(平家物語)

の用例から見ると,「ジュコン(種根)の訛」とする「ぞっこん」は音は似ているが,別の言葉ではあるまいか,濁音化が中世にまで遡るのだから。

『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/so/zokkon.html

は,「ぞっこん」の「底根」説に対して,

「ぞっこんは、古くは清音で『そっこん』と言い、1603年の『日葡辞書』には『心底』の意味で『ソッコンヨリモウス』の例が見られる。このことから、ぞっこんの語源は、『底根(そここん )』が促音化された『そっこん』が、更に濁音化して『ぞっこん』になったと考えられる。ただし、『底根』は『底つ根』としての例は見られるが、『そここん』と読まれた例はないため、決定的な説ではない。なお、『底つ根』の『つ』は『の』で『底の根』、つまり『地の底』の意味である。漢字表記は『底根』と『属懇』が近世に見られるが、『属懇』は『ぞっこん』の音による当て字であろう。ぞっこんは、『心の底から』以外に、『すっかり』や『まったく』などの意味でも用いられたが、『ぞっこん惚れ込む』などと表現されることが多く、現代では主に、『本気で惚れ込むさま』を表す言葉となった。」

として,しかし,

底根→そここん→そっこん→ぞっこん,

という転訛例はないので,保留としている。『日本語の語源』は,音韻変化から,

「『心の底から』の省略語であるソコカラ(底から)は,コカ〔k(o)ka〕が母韻[o]を落としてソッカラになり,さらに『カ』の母韻交替[au],『ラ』の撥音化でゾッコンになった。」

と,

ソコカラ→ソッカラ→(ソッコン)→ゾッコン,

の転訛を主張している。この説ならば,『語源由来辞典』の疑問は解けることもあるが,意味の変化がなく今日に続くところから,ちょっと惹かれる。どうであろうか。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1

スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8

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