2018年02月03日

江戸怪談


高田衛『日本怪談集〈江戸編〉』を読む。

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江戸の怪異譚の系譜については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/432575456.html

で,

堤邦彦『江戸の怪異譚―地下水脈の系譜』

を紹介したが,そこで,そのの特色を,

ひとつは,仏教唱導者の近世説教書(勧化(かんげ)本)のなかに類例の求められる,仏教的な因果譚としての側面,

として,

「檀家制度をはじめとする幕府の宗教統制のもとで,近世社会に草の根のような浸透を果たした当時の仏教唱導は,通俗平易なるがゆえに,前代にもまして,衆庶の心に教義に基づく生き方や倫理観などの社会通念を定着させていった。とりわけ人間の霊魂が引き起こす妖異については,説教僧の説く死生観,冥府観の強い影響がみてとれる。死者の魂の行方をめぐる宗教観念は,もはやそれと分からぬ程に民衆の心意にすりこまれ,なかば生活化した状態となっていたわけである。成仏できない怨霊の噂咄が,ごく自然なかたちで人々の間をへめぐったことは,仏教と近世社会の日常的な親縁性に起因するといってもよかろう。」

そうした神仏の霊験,利益,寺社の縁起由来,高僧俗伝などに関する宗教テーマが広く広まり,

仏教説話の俗伝化,

を強めて,宗教伝説が,拡散していった。

他方で,怪異譚は,結果として一族を滅ぼし,法力の霊験が効果がなかったことをも示しており,ある意味,宗教的因果譚の覊絆から離れていく傾向が,

「もはや中世風の高僧法力譚の定型におさまりきれなくなった江戸怪談の多様な表現を示す特色」

であり,説話の目的と興味が,

「高僧の聖なる験力や幽霊済度といった『仏教説話』の常套表現を脱却して,怨む相手の血筋を根絶やしにするまで繰り返される亡婦の復讐劇に転換するさま」

がみられ,それが怪異小説に脚色され,虚構文芸の表現形式を創り出すところへとつながっていくことになる。

本書は,その江戸怪談の中から,

『狗張子』『怪談登志男』『金玉ねじふくさ』『太平百物語』『御伽厚化粧』といった怪異小説集からの小品集,

と,いわゆる四谷怪談の種本となった,

『四谷雑談集』,

清玄・桜姫の怪談を清水寺子安観音の本地に結び付けて説いた勧化本の,

『勧善桜姫伝』,

いわゆゆる大南北の鶴屋南北の,

『怪談岩倉万之丞』,

初世林家正蔵の浄瑠璃『お半長右衛門』を取り入れた怪談咄,

『林乃河浪』,

そして上田秋成の『雨月物語』から,

「吉備津の釜」。

やはり,「吉備津の釜」の完成度が高いが,一番面白いのは,

『四谷雑談集』

である。この本は,作者不詳の実録小説とされたものだが,写本の奥付に,享保12年(1727年),元禄時代に起きた事件として記されている,という。これが鶴屋南北の『東海道四谷怪談』(初演 文政八年(1825))の原典とされた話でだそうだが,この話を下敷きにした作品としては、曲亭馬琴『勧善常世物語』(文化3年(1806年))や柳亭種彦『近世怪談霜夜星』(文化5年(1808年))があるという。

編者が言うように,内容は南北の芝居のようにおどろおどろしくはなく,もっと細かく江戸は御先手組組屋敷のあった四谷左門町を中心に,貧窮の与力・同心などの下級武士たちの生態を描いている。

話は,田宮伊右衛門だけではなく,御先手与力,伊東喜兵衛,同組秋山長右衛門の三家の絶滅までの因果話で,事は,
御先手同心田宮家の一人娘お岩の婿取り話から始まる。お岩は,疱瘡を患い,眼病も患ったため,

「かろうじて命はとりとめたものの,ひどいあとが残って,顔は渋紙のようにざらざらになり,髪は年(二十一歳)にも似ず白髪まじりに縮みあがって枯野の薄のようになり,声はなまって狼が友を呼ぶような音になり,腰は曲がって松屋叢考の枯れ木のようで,その上片目がつぶれて,たえず涙をながし,かわいそうだが,その見苦しさはたとえるものがないほどであった。」

とさんざんである。そのため,なかなか婿がきまらない。そこで伊右衛門という牢人を,半ば騙すようにして婿に仕立てる。伊右衛門は,三十一歳,

「すらりとした身体つきの,顔だちのよい男」

と,いわゆる四谷怪談とは筋立てが違う。伊右衛門は,伊東喜兵衛の妾の一人が懐妊したが,それを(その妾に惹かれている)伊右衛門におしつけるために,秋山,伊右衛門と語らい,お岩を自分から離縁を申し出るように仕組んで,まんまとお岩を追い出す。それを知ったお岩は,狂乱し失踪する,ということで,遺恨を返すという,件の怪談話になるが,しかし,お岩の幽霊も,亡霊もほとんど出ない。ただ,次々と病や不幸に見舞われ,結句,田宮,秋山,伊東三家は絶滅する。

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(葛飾北斎画『近世怪談霜夜星』(柳亭種彦))

しかし,四谷怪談の基本的なストーリー,

「貞女・岩が夫・伊右衛門に惨殺され、幽霊となって復讐を果たす」

というものとはまったく異なる。むしろ,それなりに,伊右衛門は,若い妾に惚れ,伊東喜兵衛は懐妊した妾を厄介払いしたく,秋山長右衛門は金に目がくらんで加担するという,人間の欲からでた話として,むしろ通常の怪異譚よりは,何がしか身に覚えがあり,怖い。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E8%B0%B7%E6%80%AA%E8%AB%87

によると,

「田宮家は現在まで続いており、田宮家に伝わる話としてはお岩は貞女で夫婦仲も睦まじかったとある。このことから、田宮家ゆかりの女性の失踪事件が、怪談として改変されたのではないかという考察がある(小池壮彦「お岩」『幽霊の本』学研、平成11年)。」

という説もあるので,あくまで,これも志怪小説にすぎないのかもしれない。『四谷雑談集』のラストは,

「そもそもお岩の怨念というのは,伊東土快(喜兵衛)が妾の容色に迷い,邪を企てたことから発し,伊東,田宮,秋山,三人の家を絶やすことになった。その上多くの人の命がお岩のためにとり殺されて,後世の語り草となったわけだが,あながちお岩の怨みばかりでなく,この三人の心がけが邪であったからこんな事になったのである。」

と締めくくる。

小品集の中では,

「藪を借りた老人の話」

という,老人,つまり京都の古狐の話が,ほっとする。初世林家正蔵の『林乃河浪』は策に溺れて冗長,つまらない駄作である,と見た。

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(葛飾北斎「百物語―お岩さん」 東京国立博物館蔵)


参考文献;
高田衛『日本怪談集〈江戸編〉』(河出文庫)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E8%B0%B7%E6%80%AA%E8%AB%87

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1

スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8

posted by Toshi at 05:14| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする
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