きさらぎ


「きさらぎ」は,

如月,
更衣,
衣更月,
衣更着,

などと当てる。 『広辞苑』には,

「『生更ぎ』の意。草木の更生することをいう。着物を更に重ねる意とするのは誤り。」

とあり,

陰暦二月の異称である。この他に,

「殷春(いんしゅん)、梅見月(うめみづき)、建卯月(けんうづき)、仲春(ちゅうしゅん)、仲の春・中の春(なかのはる)、初花月(はつはなつき)、雪消月(ゆききえつき・ゆきげしづき)、麗月・令月(れいげつ)、小草生月(をぐさおひつき)、梅見月(むめみつき)、木目月(このめつき)、夾鐘(きょうしょう)」

等々と言うともある。「しわす」「むつき」

http://ppnetwork.seesaa.net/article/455892480.html
http://ppnetwork.seesaa.net/article/455932349.html

等々でも触れたように,「きさらぎ」も,自然の移り変わりや農事と関わると見るのが普通ではないか,と思う。

『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/ki/kisaragi.html

は,

「如月は、寒さで着物を更に重ねて着ることから、『着更着(きさらぎ)』とする説が有力とされる。その他、気候が陽気になる季節で『気更来(きさらぎ)』『息更来(きさらぎ)』とする説。草木が生えはじめる月で『生更木(きさらぎ)』とする説。 草木の芽が張り出す月で『草木張り月(くさきはりづき)』が転じたとする説がある。」

と,諸説を並べただけだし,

https://ja.wikipedia.org/wiki/2%E6%9C%88

も,

「『如月』は中国での二月の異称をそのまま使ったもので、日本の『きさらぎ』という名称とは関係がない。『きさらぎ』という名前の由来には諸説ある。
旧暦二月でもまだ寒さが残っているので、衣(きぬ)を更に着る月であるから『衣更着(きさらぎ)』
草木の芽が張り出す月であるから『草木張月(くさきはりづき)』
前年の旧暦八月に雁が来て、更に燕が来る頃であるから『来更来(きさらぎ)』
陽気が更に来る月であるから『気更来(きさらぎ)』」

と併記にとどめているが,『大言海』は,

「萌揺月(きさゆらぎづき)の略ならむ(万葉集十五 三十一『於毛布恵爾(おもふえに)』(思ふ故に),ソヱニトテは,夫故(ソユヱ)ニトテなり。駿河(するが)は揺動(ゆする)河の上略,腹ガイルは,イユルなり,石動(いしゆるぎ)はイスルギ)。草木の萌(きざ)し出づる月の意。」

として,「むつき(正月)の語源を見よ」としているのは意味がある。『大言海』は,「むつき(睦月・正月)」の項で,

「實月(むつき)の義。稲の實を,始めて水に浸す月なりと云ふ。十二箇月の名は,すべて稲禾生熟の次第を遂ひて,名づけしなり。一説に,相睦(あひむつ)び月の意と云ふは,いかが」

とし,

「三國志,魏志,東夷,倭人傳,注『魏略曰,其俗不知正歳四時,但記春耕秋収為年紀』

を引いて,「相睦(あひむつ)び月の意」に疑問を呈して,「實月」説を採っている。この考え方の流れに,「如月」もあると,僕も思う。まして,陰暦三月の「やよい」も,『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/ya/yayoi.html

の言うように,

「弥生(いやおい)」が変化したものとされる。『弥(いや)』は、『いよいよ』『ますます』などの意味。『生(おい)』は、『生い茂る』と使われるように草木が芽吹くことを意味する。草木がだんだん芽吹く月であることから、弥生となった。」

であるなら,なおさら,二月だけかが,着物を重ねる,と意というのは,不自然ではあるまいか。

http://xn--cbktd7evb4g747sv75e.com/2015/1110/kisaragiimiyurai/

によると,

「『如月』という漢字は、中国最古の辞書といわれる『爾雅(じが)』の中にある、とある記述に由来しています。
『二月を如となす』という一文です。『如』とは、従うというような意味です。ここでは、何か一つが動き出すと、それに従い他のものも次々と動き出すという意味で使われています。
 つまり、春という季節は万物・自然・草木などが、次々に動き出す頃であることを表しています。」

とある。「如」の字は,

「『口+音符女』。もとしなやかにという,柔和に従うの意。ただし一般には,若とともに,近くもなく遠くもない物をさす指示詞に当てる。『A是B』とは,AはとりもなおさずBだの意で,近称の是を用い,『A如B(AはほぼBに同じ,似ている)』という不即不離の意を示すには中称の如を用いる。仮定の条件を指示する『如(もし)』も,現場にないものをさす働きの一用法である」

とある。やさしさの兆し,といった含意なのであろうか。

『日本大百科全書(ニッポニカ)』は,「きさらぎ」の項で,

「『衣更着』とも書くが、これは平安末期の歌人藤原清輔(きよすけ)がその歌論書『奥儀抄(おうぎしょう)』に、『正月のどかなりしを、此月さえかへりて、更にきぬを着れば、きぬさらぎといふをあやまれるなり。按(あん)ずるに、もとはきぬさらぎ也(なり)』というように、『更に衣を重ね着る』という意に解したことによると考えられる。江戸中期の賀茂真淵(かもまぶち)は、『木久佐波利都伎也(きくさはりつきなり)』と説き、草木が芽を張り出すという意からできたことばとするが、ほかに『気更に来る』の義とし、陽気の盛んになることをいうとする説もある。」

としているが,『日本語源大辞典』を見る限り,「更に重ね着」系と,「萌え出ず」系,に大別されるが,その他,異国語源説系,がある。「更に重ね着」系は,

寒さのために衣を重ねるところから,キサラギ・キヌサラギ(衣更着)の義(奥義抄・名語記・下学記・和爾雅・日本釈名・南留別志),
キサラギ(衣更衣)の義(古今要覧稿所引十二月訓),

やはり,この説は無理筋だろう。言葉の発祥を考えたとき,いにしえ,重ね着などということが仮にあったとしても,二月に始まるとは思えない。

「萌え出ず」系は,

陽気が発達する時期であるところから,キサラキ(気更来)の義(和訓栞),
イキサラキ(息更来)の義で,イキは陽気のこと。またスキサラギ(鋤凌)の義。この月には田を鋤き畑を打つところから(兎園小説外集),
正月に来た春が更に春めくところから,キサラギ(来更来)の義か。また,八月に雁が来て更にこの月にはつばめが来るところからキサラギ(来更来)の義か(類聚名物考),
去秋に黄落した草木が更に変わる月であるところから,キサラギ(葱更生)の義(和語私臆鈔),
草木更新の意でキサラツキ(木更月)の約濁(日本古語大辞典=松岡静雄),
キサユラギツキ(萌揺月)の略か(大言海),
キサカエツキ(木栄月)の略(菊池俗語考),
キサラオキ(城更置)の義。この月は苗代のために畦をつくり,更に田にも城を置くところから(嚶々筆語),
草木の芽が張り出す月であるところから。クサキハリツキ(草木張月)の義(語意考・百草露),
クミ(茅)サラ-ツキ(月)の義(古今要覧稿所引平田篤胤説),
春になって気持ちがさらりとなるところから,キ(気)サラ-キ(気)の義(本朝辞源=宇田甘冥),

等々,語呂合わせのものもあるが,この季節との関連,とりわけ農事との関連に注目したい気がする。

異国語源説系は,

梵語kisalayiからという高楠順次郎説は正しくなく,純然たる大和言葉から発生したものである(外来語の話=新村出),
「宜月」の別音kit-kiがkisa-kiとなり,Kisa-Ra-Giに転化。「宜」は古代中国の祭で, 穀物の豊作を地の神に祈る儀式(日本語原学=与謝野寛),

とあるが,「純然たる大和言葉から発生したもの」と見るべきではあるまいか。

「萌え出ず」系で,『日本語の語源』は,独自の説を立てている。

「〈春日野はけふはな焼きそ若草のつまもこもれりわれもこもれり〉(古今集)。妻とともに若菜を摘みにきて,枯草に野火をつける農民に呼びかけた歌であるが,草焼きは初春の仕事であった。一月十五日におこなう奈良若草山の山焼きの行事はその遺風である。
 陰暦二月は草焼きの時節であったのでクサヤキ(草焼き)月といった。ヤが子音交替[jr]をとげてクサラキに転音し,語頭の母韻交替でキサラギ(如月)に変化した。用字は陰暦二月をさす漢語で,『如』は『万物がいっせいに燃え出す』意である。」

「如月」は,中国での二月の異称をそのまま「きさらぎ」当てたにしろ,その意味を熟知した上で用いたはずである。とすれば,「きさらぎ」の意味が,

いっせいに燃え出す,

ということと無縁だったはずはない。「萌え出ず」系のどれかとは特定できないが,草木の再生することを意味したに違いない,と思う。

参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/2%E6%9C%88
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
簡野道明『字源』(角川書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1

スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8

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