2018年02月19日

くじら


「くじら」は,

鯨,

と当てる。「鯨」の字は,

「魚+音符京(大きい,強い)」

である。「京(亰)」の字は,

「上部は楼閣の姿(高の字の上部と同じ),下部は小高い土台を描いたもので,髙く明るく大きいの意を含む。上代の人々は洪水や湿気をさけて,髙く明るい丘の上に部落をつくり,やがてそれが中心都市となり,京(ミヤコ)の意を生じた。」

で,千,萬,億,兆,京(ケイ)の「京」でもある。

「くじら」の仮名遣いは,「くぢら」であったが,院政時代に「くじら」が見られたと,『広辞苑』にはあるが,『岩波古語辞典』の「くぢら」の項にはこうある。

「古くはクヂラ(kudira)と発音されていたらしいが,京都でも院政期ごろにはクヂラ・クジラ(kudira,kuzira)と両用された。一般に,ヂとジの混乱は京都では室町末期ごろに広まるが,これはその古い例」

と同時に,

「朝鮮語korariと同源」

ともある。『大言海』には,

「其口,大なれば,口廣(くちびろ)の約轉なりと云ふ(スベラギ,スメロギ。濁音の上下するば。イヅツシの語原を見よ。)字鏡に久地良,本草和名に久知良とあり(神武紀に久治良と見ゆるは鷹〔くち〕なり)。又,案ずるに,常陸風土記,久慈郡『有小丘體似鯨鯢,倭武天皇因名久慈』。塵袋(弘安)六『クヂラをば,或はクジラと云へる事もあり,云々,常陸國に,久慈理の岡と云ふ岡あり,其の岡の姿,鯨鯢に似たる故に斯云へりと,云々。俗語には,謂鯨為久慈理と云へり』。同國風土記に,常陸は,衣手漬(ころもでひたしの)國,那珂郡,大櫛岡は,大朽(おおくつ)の義に因るとあり。万葉集の廿に,天地(あめつち)を阿米都之(つし)と,母父(おもちち)を阿母志志(あもしし)とあり,東國の發音なるか。然れども,名義抄に『鯨,クヂラ,クジラ』とあり(ちぢむ,しじむ),土佐,薩摩の人は,今も,平常ニ,ヂと,ジとを別ちて發音し,鯨は,クジラなりなりと云ふ。熟考すべきなり。和訓栞,後編,クヂラ『典籍便覧に,海翁,音,屈支羅と見えたり』。」

とある。なお,「いづつし」の項には,「つつ」が「つづ」「づつ」と転倒することについて,

「(「いづつし」の)ツツは,約(つづ)しなり,発語の下に,連声(れんじょう)にて,清濁転倒するなり。テヅツ,むクチヅツと云ふ語も,手約(てつづ),口約(くちつづ)なり。屈(かが)む,かぐむ。被(かぶ)る,かがふるの,サも,カも発語なれば此の如し。ほぞ,(臍)とばそ(戸臍,樞)。偶違(すみちがい),すぢかひ(筋違)も同例なり」

としている。『日本語源大辞典』は,「くじら」「くぢら」について,

「『十巻本和名抄』や『新撰字鏡』はクヂラ,『観智院本名義抄』にクヂラ・クジラの両形,古本節用義類はおおむねクジラ,『日葡辞典』も『Cujira(クジラ)』というように,『クヂラ』から『クジラ』へという傾向がうかがわれる。仮名遣いの混乱には上代東国方言の関与も考えられる。」

院政期を画期としているのは,東国武士の台頭と関わるのだろう。

ザトウクジラ.jpg



https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%82%B8%E3%83%A9

には,

「貝原益軒著『日本釈名 中魚』(元禄13年、1700年)や新井白石著『東雅 十九鱗介』(享保4年、1719年)によれば、『ク』は古語で黒を表し『シラ』は白を表し『黒白』で『クシラ』であった。その後『し』は『チ』に転じて『クチラ』になり『チ』が『ヂ』に変り『クヂラ』になったと解説している。また、『日本古語大辞典』では『ク』は古韓語で『大』を意味し、『シシ』を『獣』、『ラ』を接尾語としている。その他、『大言海』では『クチビロ(口広)』が変化したものとし、『日本捕鯨語彙考』では『クジンラ(九尋羅)』が変化したものとしている。」

として,「クジラ」の表記の移り変わりを,

奈良時代(710 - 794年)
古事記 - 「区施羅」クヂラ。
日本書紀 - 「久治良」クヂラ。記紀共に今の鯨(クジラ)を指すかどうかは諸説ある。
平安時代(794年-1185年)
新撰字鏡 - オスは「鼇(本来は大亀の意味)」クチラ(久治良)。メスは「鯢」メクチラ(女久治良)。
類聚名義抄 - オスは「巨京(渠京を略した文字としている)」クヂラ、ヲクヂラ。メスは「鯢」クヂラ、メクヂラ。

としているが,『大言海』の「久慈」「久慈理」から,「久地良」「久知良」と当て字が変じていくところを見ると,

クシラ→クジラ→クヂラ→クジラ,

と,転訛が目まぐるしかったことを想像させる。

http://mobility-8074.at.webry.info/201707/article_27.html

や『日本語源広辞典』『たべもの語源辞典』等々,諸説が載っているが,他称の異同はあるが,『日本語源大辞典』によると,

クシシラ(大獣)の約,クは大を意味する古韓語。シシは獣,ラは接尾語(日本古語大辞典=松岡静雄),
クロシラ(黒白)の約,皮が黒く,内側の白いことから(和句解・日本釈名・東雅),
クシラ(奇)の義(たべもの語源抄=坂部甲次郎),
コジル義。捕まえても簡単におとなしくならないすことから(名言通),
クジラ(穿輩)の義,浮上して舟を穿つことから(桑家漢語抄),
ハクヒロ(百尋)の略転(言元梯),
口が大きいので,クチビロ(口広)の約転か(『大言海』)。
等々。その他,

朝鮮語korariと同源(岩波古語辞典)
潜るの古語,クギルが音韻変化してクヂルとなり,クヂラ,クジラとなった(『日本語源広辞典』)
「肉白(にくじろ)」が,「に」が脱落して「くじろ」,「くじら」 に転音,
常陸国久慈理 (くじり) の岡が,この生き物の背中に似ていたので「くじり」と呼ばれ,「くじら」に転音した,

等々。結局諸説あり,定まっていないということらしい。しかし,存外,常陸風土記の,

有小丘體似鯨鯢,倭武天皇因名久慈,
常陸國の久慈理の岡と云ふ岡,

の「久慈(理)」が,「くじ(ぢ)ら」が既に,人々に知られていた生き物で,そこから名づけられた「久慈理」から,一般化したということはあるのかもしれない。

宮本武蔵と大鯨と鯨涛.jpg

(歌川国芳:宮本武蔵と大鯨と鯨涛 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%82%B8%E3%83%A9より)


なお, 万葉集に,

鯨魚取(いさな)り海や死にする山や死にする死ぬれこそ海は潮干て山は枯れすれ,

と詠まれるなど,「くじら」のほかに,「いさな」という呼び方もしていた。

『日本語源大辞典』は,「いさな」の語源について,

イサナ(勇魚)の義(万葉代匠記・東雅・万葉集類林・和訓栞・国語の語根とその分類=大島正健・日本語源=賀茂百樹),
イサナ(五十尺魚)の義(言元梯・たべもの語源抄=坂部甲次郎),
イサナ(不知魚)の義。水中の計り知れぬ所にいるから(槻の落葉信濃漫録)

等々と載り,この他にも,

「いそな(磯魚)とり」の音変化(デジタル大辞泉),
「いさなとり」の「いさな」を「勇魚」と解してできた語(書言字考節用集),

等々とあり,これも諸説定まらない。蕪村には,「いさな」を詠んだ,

菜の花やいさなも寄らず海暮れぬ,

と同時に,「くじら」を詠んだ,

弥陀佛鯨なる浦に立玉ふ

という句もあるそうで,語源はともかく,『たべもの語源辞典』の言うように,かつては,両方とも通用していた,ということだろう。

参考文献;
https://www.adachi-hanga.com/ukiyo-e/items/kuniyoshi023/
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%82%B8%E3%83%A9
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1

スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8

ラベル:くじら
【関連する記事】
posted by Toshi at 05:15| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください