2018年03月01日

春秋の筆法


恥ずかしながら,ちょっと勘違いをしていた。「春秋の筆法」を,単純に先達の物言いに倣って厳しいものの見方で書く程度の意味と思っていたが,どうも,いろいろ調べていくと多義的である。

まず,『広辞苑』。

「『春秋』のように批判の態度が中正で厳しいこと。また間接の原因を直接の原因であるかのようにいう論法」

「春秋」とは,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%A5%E7%A7%8B

詳しいが,

「魯国の年次によって記録された、中国春秋時代に関する編年体の歴史書である。儒教では、孔子の手が加わった、もしくは孔子が作ったとされ、その聖典である経書(五経または六経)の一つとされている。」

とあり,「春秋をもって春夏秋冬の1年を意味したもの」として,

「その内容は王や諸侯の死亡記事、戦争や会盟といった外交記事、日食・地震・洪水・蝗害といった自然災害(伝統的には災異と呼ばれる)に関する記事などが主たるもので、年月日ごとに淡々と書かれた年表風の歴史書である。」

が,

「「春秋」は極めて簡潔な年表のような文体で書かれており、一見そこに特段の思想は入っていないかのように見える。
しかし後世、孔子の思想が本文の様々な所に隠されているとする見方が一般的になった(春秋の筆法)。例えば、『宋の子爵(襄公の事)が桓公の呼びかけに応じ会盟にやってきた。』というような文章がある。しかし実際は宋は公爵の国であった。これに対して後世の学者は『襄公は父の喪中にも拘らず会盟にやってきた。不孝であるので位を下げて書いたのだ。』と解釈している。
このような考え方によって、『春秋』から孔子の思想を読みとろうとする春秋学が起こった。」

とされる。ここに,「春秋の筆法」の謂れがある。だから,その解釈にも,微妙な陰影がある。だから,『大辞林』は,

孔子の筆になるという「春秋」のような厳しい批判の態度,
(「春秋」が些事をとりあげて,大局への関係を説く論法であることから)間接的な原因を直接的な原因として表現する論法。また,論理に飛躍があるように見えるが,一面の真理をついているような論法,

となる。つまり,

単に厳しい批判的,

というだけではなく,例として妥当かどうかわからないが,たとえば,

バタフライの羽根のひとふりが台風をもたらした,

といった飛躍した論法,でもあるらしい。しかし,それは,『デジタル大辞泉』では,

(「春秋」の文章には、孔子の正邪の判断が加えられているところから)事実を述べるのに、価値判断を入れて書く書き方。特に、間接的原因を結果に直接結びつけて厳しく批判する仕方,

となる。それに似ているのは,『とっさの日本語便利帳』の,

「孔子が『春秋』を修訂するにあたってとった歴史記述の手法。“春秋謹厳”といわれる記述の厳正さと共に、遠因であっても善悪・是非を暗に伝える記述をする、などの特色のこと。」

で,それは,価値表現で状況表現をする,というのに近い。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1167481121

は,

「元々は孔子が書いた『春秋』の記述スタイルから、
・厳しい批判の態度
・些事をとりあげて、大局への関係を説く論法
のような記述スタイルを「春秋の筆法」と呼ぶようになりました。また、曲筆(筆を曲げる-事実とは異なるとわかっていて書くこと)とは厳密には意味は違うのですが、曲筆と同じような意味で使われる事もあります。
春秋は孔子の信念に基づいた歴史批判の書とも言えるのですが、信念の方を優先させて事実と異なる事も書かれています。基本的にはあまりいい意味では使われませんね。」

と,自身の価値観で裁く(捌くではなく)ことの意味でもある。

「『春秋』の経文はわずか1800余条、一万数千字の簡略なものであるが、その制作にあたって孔子は、勧善懲悪(かんぜんちょうあく)的な精神をもって、乱世をただす王法を『春秋』に託したとされている。司馬遷(しばせん)はこのことを『史記』に、「孔子、言の用いられず、道の行われざるを知り、二百四十二年の中を是非(ぜひ)し、以(もっ)て天下の儀表と為(な)す」(太史公自序)といっている。」(『日本大百科全書(ニッポニカ)』)

「勧善懲悪」とは,言い得て妙である。その例は,

https://ameblo.jp/yk1952yk/entry-11365919881.html

がよく伝えている。

「周室の式微(しきび)を嘆き、その光復を願って果たさなかった孔子は、晩年最後の力をふりしぼって「春秋」を著した。これは魯(ろ)の公式記録を整理し、隠公から哀公に至る十二代二百四十二年間の出来事について、理非曲直(りひきょくちょく)を明らかにしたもので、この書に対する孔子の態度は秋霜烈日(しゅうそうれつじつ)、厳格
そのものであった。
たとえば、諸侯が王を称するのは不遜、不敬として呉王、楚王という代わりに呉子、楚子(いずれも子爵だった)と呼び、また権威を失った周の天子が諸侯に呼ばれて会盟に参加した事実に対しては、故意に筆を曲げて「天子が巡狩(じゅんしゅ)した」と書くなどして、周室の尊厳を取り繕(つくろ)った。 
このように是非当否を論じ、大義名分を明らかにし、仮借ない筆をふるったため、『孔子、春秋を作りて乱臣賊子懼(おそ)る』という言葉が生まれたし、後世、「春秋の筆法」という批判方法が行われるようになった。間接原因を直接原因のように言う次のような論法である。」

これだとまだ分かりにくいが,

http://fukushima-net.com/sites/meigen/1478

は,

「例えば、隱公元年の出来事として次の文章があります。
夏五月、鄭伯(テイハク:テイの君主)、段(ダン:人名)に鄢(エン:地名)に克(か)つ。
 鄭伯と段(共叔段:キョウシュクダン)は兄弟です。鄭伯が兄で段が弟です。
①共叔段は弟としての道を誤まったので、「弟の段」とは記さない。
②二國君の間で行なわれるような激しい戦いだったので、「克(か)つ」と記す。
③(兄と書かずに)「鄭伯」とするのは、弟を善導できなかったから。
という理由で、『鄭伯、段に鄢に克つ』。という短い文章でまとめられたそうです。
これが【春秋の筆法】による表現だそうです。」

この,一見「王や諸侯の死亡記事、戦争や会盟といった外交記事、日食・地震・洪水・蝗害といった自然災害(伝統的には災異と呼ばれる)に関する記事などが主たるもので、年月日ごとに淡々と書かれた年表風の歴史書」の表現の中に,既に価値表現が入っている。

「孔子の思想が本文の様々な所に隠されているとする見方」

をもって「春秋の筆法」というのだが,あるいは,贔屓の引き倒し,その見方自体が期待による深読みなのかもしれない。

「春秋」自体が孔子の筆になる,という前提で考えると,「春秋の筆法」となるが,そうでなければ,単なる深読み,勝手読みでしかない。上述の「春秋」項は,

「伝統儒学では『春秋』の成立に孔子が関わったとされる。ただし、歴史的にその解釈は一様ではない。
最初に孔子の『春秋』制作を唱えたのは孟子である。孟子は堯から現在に至るまでの治乱の歴史を述べ、周王朝の衰微による乱世を治めるために孔子が『春秋』を作り、その文は歴史であるけれども、そこに孔子の理想である義を示したという(ただし、この孟子の『作春秋』にもいろいろな解釈があり、『「春秋」を講説した』とする立場もある)。」

から始まって,諸説紛々として定論をみないらしい。孔子云々を別として,『春秋』筆者の周を是とする立場からの物言いは,維新を是とする,非とする歴史論など,いつもあることだ。というより,立場のない史観などないし,立場のない思想はない。そもそも人そのものが現象学的な視界をもつ等々,いわばきりのない話。

「春秋の筆法」つづめて「春秋筆法」は,

春秋筆削,

と評される。「公正で厳しく批評する春秋筆法を評する言葉」とか。さらに,

一字褒貶,

とも言う。「文章を書く際の一字の使い分けで、人を褒めたりけなしたりすること」。上記の「「鄭伯」という言い方に良く現れている。

この『春秋』から,

「孔子の意図するものを汲(く)み取るため、各種の解釈書がつくられた。『漢書(かんじょ)』の「芸文志(げいもんし)」によると、漢代には左(さ)氏、公羊(くよう)、穀梁(こくりょう)、鄒(すう)氏、夾(きょう)氏の五伝があったが、鄒氏はそれを伝える師がなく、夾氏は書物になっておらず、他の三伝だけがあったことを伝えている。この『左氏伝』(春秋左氏伝)、『公羊伝』、『穀梁伝』を「春秋三伝」といっている。伝とは解釈書という意味である。三伝のうちでは『公羊伝』の成立がもっとも早く、孔子の門人の子夏(しか)の弟子である公羊高(くようこう)がつくり、5世の孫の公羊壽(くようじゅ)が前漢景帝(けいてい)(在位前157~前141)のとき、門人胡母生(こむせい)らと問答して一書としたとされる。」(『日本大百科全書(ニッポニカ)』)

とか。しかし,それは,淡々とした「春秋」の文章の,単なる状態表現に,価値表現を見ようとして,「一字褒貶」「春秋筆削」と見立てた儒者側の筆法なのかもしれない。

「最初に孔子の『春秋』制作を唱えたのは孟子である」

というところに,孟子の意図を見るのは,穿ちすぎか。

孔子.png

(孔丘)


因みに,孔子とは,

「氏は孔、諱は丘、字は仲尼(ちゅうじ)。孔子とは尊称である(子は先生という意味)」。

参考文献;
https://kotobank.jp/word/%E6%98%A5%E7%A7%8B-78611
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%A5%E7%A7%8B
http://yoji.jitenon.jp/yojii/4043.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%94%E5%AD%90

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1

スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8

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