やよい
「やよい」は,
弥生,
と当てるが,陰暦三月の異称で,ほかに,
花月(かげつ),嘉月(かげつ),花見月 (はなみづき),夢見月(ゆめみつき),桜月(さくらづき),暮春(ぼしゅん),季春(きしゅん),晩春(くれのはる・ばんしゅん),建辰月(けんしんづき),早花咲月(さはなさきつき),蚕月(さんげつ),宿月(しゅくげつ),桃月(とうげつ),春惜月(はるをしみつき),雛月(ひいなつき),
等々の別称があるらしい(https://ja.wikipedia.org/wiki/3%E6%9C%88)。
『広辞苑』には,
「イヤオヒの転」
とあるが,「弥(彌)」(呉音ミ,漢音ビ)の字は,
「爾(ジ)は,柄のついた公用印の姿を描いた象形文字で,璽の原字。彌は『弓+音符爾』で,弭(ビ)(弓+耳)に代用したもの。弭は,弓のA端からB端に弦を張ってひっかける耳(かぎ型の金具)のこと。弭・彌は,末端まで届く意を含み,端までわたる,遠くに及ぶなどの意となった」
とあり,「端まで届く意から転じて,A点からB点までの時間や距離を経過する」「広く端まで行きたっている」「いよいよ」「遠く伸びていつまでも程度が衰えない意を表すことば,ますます」という意で,類義語「愈」との区別を,
愈は,まさると訓む。いやましと訳す,一段を上れば又一段といふ如く,さきへさきへとこゆる意なり,
弥は,わたると訓む。段々に満ちて,一杯になりたる意なり,
としており,「弥」を,「ますます」「いよいよ」の意に当てて,「弥生」と当てたようにも見える。つまり,「弥生」の字を前提の解釈の見えて仕方がない。しかし,『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/ya/yayoi.html
も,
「『弥生(いやおい)』が変化したものとされる。『弥(いや)』は、『いよいよ』『ますます』などの意味。『生(おい)』は、『生い茂る』と使われるように草木が 芽吹くことを意味する。草木がだんだん芽吹く月であることから、弥生となった。」
とするし,『由来・語源辞典』
http://yain.jp/i/%E5%BC%A5%E7%94%9F
も,
「草木がいよいよ生い茂るようになるところから、『いやおい(弥生)』の意。『いや(弥)』は物事がはなはだしくなるさまの意。」
とし,
https://ja.wikipedia.org/wiki/3%E6%9C%88
も,
「弥生の由来は、草木がいよいよ生い茂る月「木草弥や生ひ月(きくさいやおひづき)」が詰まって「やよひ」となったという説が有力で、これに対する異論は特にない。」
と,断定してはばからない。『大言海』にも,
「イヤオヒの約転。水に浸したる稲の實の,イヨイヨ生ひ延ぶる意」
としているし,『日本語源広辞典』も,
「『彌(イヤ)+生(オヒ)』です。iyaohiとは,草木がいよいよ生い茂る月の意です」
とあり,大勢はこの説で,これで決まりのように見える。
『日本語源大辞典』も,いくつか説を載せるが,
クサキイヤオヒツキ(草木弥生月)の略(語意考),
イヤオヒ(弥生)の義(奥義抄・和爾雅・日本釈名・類聚名物考・兎園小説外集・古今要覧稿・和訓栞・大言海),
草木がいよいよ花葉を生じる意(和句解),
ヤヤオヒ(漸々成長)の約(嚶々筆語),
ヤヤオヒヅキ(漸生月)の義(日本語原学=林甕臣),
桜梅の盛りであるところから,ヤウバイの反ヤヒの転か。また花咲き乱れて天が花に酔う心地するところから,ヤマイロヱヒ(山色酔)の反か,また,ヤナイトヒキ(柳糸引)の反,また,ヤマフキ(款冬)の反ヤヒの転か(名語記),
いずれも,開花の盛りや生い茂るにことよせて,いろいろ捻っているのには変わらない。
『日本語の語源』も,同じ系統で,
「草木がいよいよ生い茂ることをイヤオヒ(彌生)といったのが,ヤオヒ・ヤヨイ(陰暦三月の異称)になった」
としている。たしかに,
「木草(きくさ)弥(い)や生(お)ひ茂る月」
から,「弥生」となったというのは,もっともらしいが,しかし,僕には,繰り返しになるが,
弥(彌)生,
という漢字を当てはめた後の,その字に基づく後解釈に思えてならない。『大言海』の,
「イヤオヒの約転。水に浸したる稲の實の,イヨイヨ生ひ延ぶる意」
の,ただ草木ではなく,「稲の實」と,農事との連続性に着目した説に軍配を上げたい。それは,師走の,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/455892480.html
睦月の,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/455932349.html
如月の,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/456805354.html
各項で触れたように,『大言海』のみが一貫しているのである。月ごとに,謂れを変えるのは,どう考えても,後の世の視点に過ぎる。古代のひとにとっては,一貫して,農事と関わらせる視点があった,とみる。
参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/3%E6%9C%88
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
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