2018年03月20日

よだれ


「よだれ」は,

古くは,「よだり」

と言ったそうだが,『岩波古語辞典』には,「よだり」の項に,

「平安時代にはヨタリと清音。タリは垂り」

とあり,

「涎 ヨタリ」(名義抄)
「涎 ヨダリ」(下学集)

を載せる。漢字は,

涎,

と当てる。「涎」(漢音セン,呉音ゼン)の字は,

「延は『止(あし)+廴』の会意文字に,引き延ばすことを表す記号ノを加えた会意文字。廴は足あとを長く引いた姿を示す。涎は『水+音符延』」

で,よだれ,もしくは,「長くのびるよだれ」「水が細長く流れるさま」の意である。『大言海』は,「よだり」の項で,

「よよむ口より垂りいづるしずくの意」

とあるので,漢字「涎」の意とほぼ重なる。「よよむ」とは,『大言海』には,

「(ヨヨは,明らかならぬ撥音に云ふ語)老人の歯の落ちたる口つきにて,脣動きて,舌出て,聲あやなし。」

とある。しかし,『岩波古語辞典』には,「よよみ」の項で,

「まがる,体が曲がる」

という意を載せ,「名義抄」の,

「斜,カタブク・ナナメナリ・ヨヨミ」

を載せる。いずれかの判断はつかないが,「よよ」について,『岩波古語辞典』は,

涙を流して激しく泣くさま,
よだれのしたたりおちるさま,
雫を垂らしながら,酒や汁をぐいぐい飲むさま,

とあり,どうやら擬態語らしい。『大言海』には,「よよ」について二項立て,

(涎(よだり)のヨ是なり)口にしまり悪しく,言葉,唾,涎などの洩れ出る状に云ふ語,
水の垂り落つるに云ふ語,

に続いて,別項は,

(前條の語の轉,泣けば,涙,涎,垂れば云ふと云ふ)泣く声,

と載る。どうやら,推測するに,「よよ」は,

よよと泣く,

というように,状態を示していた語が,そこで起こる,涙,華水,涎の垂れる状態へと転じ,その「よよ」と「垂れ」が結合して,

よよ+垂り,

となったようである。「垂れ」は,

「タリ(垂)より遅れて現れた形」

と『岩波古語辞典』にあるので,

よよ+た(垂)り→よたり→よだれ,

と転訛していったように思われる。あるいは,「よよ」の醜態は,老人のしまりのないさまに限定して指していたのが,一般化していったのかもしれない。いずれにしても,涎だけを指していたのではなく,涙,華水,果ては,飲んでいるものの滴り落ちるのも指したと思われる。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/yo/yodare.html

は,

「よだれは、古くは『よだり』『よたり』と言い、平安時代以降『よだれ』に転じた。よだり(よ たり)の『たり』は、『垂れる』『垂らす』意味の動詞『垂る』の名詞形。 よだれの『よ』は、『緩む』『弱い』の意味など流れ出る箇所の状態を表しているとする説や、『よよ』と泣く時に 垂れるものの意味など、諸説あるが未詳である。『名義抄』では『鼻水』を表す『洟』や、『涙』を表す『涕』を『よたり』と読ませていることから、唾液だけではなく、鼻水や涙など垂れ流れるものを『よだれ』と呼んでいたようである。」

『日本語源広辞典』は,

「ヨ(複合語成分・穴・間)+垂れ」

トイウノハ,「ヨ」をそう解したということなのだろうか,少し意味が解らない。しかし,『日本語源大辞典』を見ると,諸説ある。

ヨヨム口から出り出づる滴(しずく)の意(山彦冊子),
ヨヨと泣く時垂れるものの意(箋注和名抄・日本語源=賀茂百樹),
よだれ(夜垂れ)の義(日本釈名・柴門和語類集),
ユルミウルホヒタレ(緩潤垂)の義(日本語原学=林甕臣),
ヨワタレ(弱垂)の義(名言通),
イヨタリ(弥垂)の約(隣女晤言),
ヨはヨロコブ(喜)の義。タレは垂の義(和句解),

結局,垂れている状態表現に変りはなく,恐らく,垂れるものすべてを指したと想像される。

垂涎( すいぜん・すいせん・すいえん)というと,

同じ垂らすのでも,物を欲しがっている状態表現になる。思わず,パブロフの犬を思い出すが,

http://kotowaza-allguide.com/su/suizennomato.html

によると,「垂涎(すいぜん・すいえん)の的」について,

「『賈誼新書』に『一国これを聞く者、これを見る者、涎を垂れて相告げん(国中でそれを聞いた者、見た者は、ごちそうを前にしたときのように涎を垂らして、互いに言い合うだろう)』」

とあるのに基づく,とある。こうなると,涎を流すのは,醜態であるという状態表現から価値表現へと転じている。さらに,

商いは牛の涎,

という諺もあるらしく,

http://kotowaza-allguide.com/a/akinaiwaushinoyodare.html

によると,

商いは牛の涎とは、商売をするには、せっかちであってはならず、気長に辛抱強く続けるべきである,

という意味だとか。涎より,四つの胃袋で徹底的に吸収する,牛の反芻の方が,諺になりそうな気がする。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1

スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8

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