2018年04月18日

キュウリ


「キュウリ」を,『広辞苑』は,

胡瓜,
黄瓜,
木瓜,

と当てている。

「『黄(き)瓜(うり)』の意」

とある。


Komkommer_plant.jpg
(キュウリ https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%82%A6%E3%83%AAより)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%82%A6%E3%83%AA

には,

「『キュウリ』の呼称は、漢字で『木瓜』または『黄瓜』(きうり、現代中国語でも『黄瓜』)と書いていたことに由来する。上記の通り現代では未熟な実を食べる事からあまり知られていないが、熟した実は黄色くなる。今と異なり古い時代はこれを食べていた。尚、現代では『木瓜』はパパイアを指す。」

とあり,キュウリ(胡瓜)は,

「かつては熟した実を食用とした事もあったが、甘みが薄いためにあまり好まれず、現在では未熟な実を食用とするようになった。インド北部、ヒマラヤ山麓原産。日本では平安時代から栽培される。胡瓜の『胡』という字は、シルクロードを渡って来たことを意味している。」

とある。「胡瓜」は,中国語表記で,「シルクロードを渡って来たこと」とは,中国から見て,の意である。『日本語源大辞典』には,

「中国へは漢の頃,張騫(ちょうけん)が西域から持ち込んだと伝えられ,そのため『胡瓜』と表記されたという。」

とある。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/ki/kyuuri.html

は,「胡瓜」の「胡」を,

「『胡麻』や『胡椒』,『胡桃』とおなじく,中国周辺外位置を意味する」

としている。そして,『たべもの語源辞典』には,

「中国南北朝時代の王,石勒(せきろく 273-332)が胡人の出てあったことから,胡瓜の名を忌み『黄瓜』と改称したという。」

とある。漢名には,

胡瓜,
刺瓜,
王瓜,
黄瓜,

等々があるらしい。

「紀元前4000年前にメソポタミアで盛んに栽培されており、インド、ギリシア、エジプトなどでも栽培された。その後、6世紀に中国、9世紀にフランス、14世紀にイングランド、16世紀にドイツと伝播していった。(中略)中国ではかつて、ビルマ経由で伝来した水分の少ない南伝種が普及し、シルクロード経由の瑞々しい北伝種の伝来まで、この南伝種を完熟させてから食べるのが一般的であった。のちに南伝種は漬物や酢の物に、北伝種は生食に使い分けられることになる。」

らしい。日本には,『たべもの語源辞典』には,

「朝鮮から顕宗天皇の御代に渡来したが,天平時代の文書に黄瓜の文字が見られる」

とするし,『日本語源大辞典』には,

「『和名抄』の記載や平城宮跡から種子が出土したことから,日本へは十世紀以前に伝来したとされる。この品種は,東南アジア,中国南部経由の華南型で,日本では長い間完熟したものを食しており,近世まで野菜として重視されなかった。明治以降,中国北部経由の華北型が導入され,各地に広まった。」

とあり,更に『たべもの語源辞典』に,

「江戸時代に胡瓜の初物を川に流し河伯(かっぱ)に供する慣わしが始り,胡瓜をカッパと呼ぶようになった。」

とある。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%82%A6%E3%83%AA

には,

「南伝種の伝来後、日本でも江戸時代までは主に完熟させてから食べていたため、黄瓜と呼ばれるようになった。日本では1500年ほどの栽培の歴史を持つが、完熟した後のキュウリは苦味が強くなり、徳川光圀は『毒多くして能無し。植えるべからず。食べるべからず』、貝原益軒は『これ瓜類の下品なり。味良からず、かつ小毒あり』と、はっきり不味いと書いているように、江戸時代末期まで人気がある野菜ではなかった。これには、戦国期の医学者曲直瀬道三の『宣禁本草』などに書かれたキュウリの有毒性に関する記述の影響があると見られている。安土桃山時代以前にはキュウリに禁忌は存在せず、平安後期の往来物『新猿楽記』に登場する美食趣味の婦人『七の御許』が列挙した好物の一つに『胡瓜黄』が入っており、イエズス会宣教師のルイス・フロイスは著書『日欧文化比較』(1585)で『日本人はすべての果物は未熟のまま食べ、胡瓜だけはすっかり黄色になった、熟したものを食べる』と分析している。」

とある。『たべもの語源辞典』には,

「『京都祇園の氏子は胡瓜を食べることを嫌った。祇園祭の行列も,畑に胡瓜の花が咲いている手前までを氏子の境界とみなした。これは胡瓜の切り口が祇園さまの御紋に似ているからというのであるが,この紋は,織田信長が京都に入ったときの幟印の紋であるから愚かなことである』と寺島良安の『和漢三才図絵』に書かれている。江戸でも徳川家の三つ葉葵が胡瓜の切り口に似ているというので旗本直参連中は権現様の印紋を食べては罰が当たると胡瓜を断った。また,胡瓜の切り口は桔梗の紋にも似ているので,光秀の紋が桔梗なので三日天下ということから胡瓜が嫌われた。」

ともある。

ところで,『大言海』は「きうり」の項で,

「黄瓜の義,熟すれば,黄なり。黄烏瓜も同意」

とあり,古名は,

からうり,
そばうり,

とある。『たべもの語源辞典』は,

カラウリ(韓瓜・熟瓜),
ソバウリ(稜瓜),

と当てている。カラウリは,

「朝鮮からわたったことをしめした」
「昔は文字通り黄瓜として食べたようである。熟瓜と書いてカラウリとよませるのもその食べごろを示しているとおもわれる。」

で,「ソバウリ」は,

「ナマコのような外皮にイボがあることからの名」

としている。

『日本語源大辞典』に,

「『Qiuri(キウリ)』(『日葡』),『Qivriキウリ』(羅葡日)の例から考えると,キューリという長音ではなく,キ・ウ・リと発音されたと考えられる。」

とある。

キウリ(黄瓜)の義(東雅・箋注和名抄・重訂本草綱目啓蒙・柴門和語類集・大言海),
キウリ(木瓜)の義(柴門和語類集),
臭気があることから,漢で臭をキという(東雅),

にわかれるが,『たべもの語源辞典』が「黄瓜」以外を否定している通り,やはり「黄瓜」に思われる。『日本語源広辞典』も,「黄+瓜」を採り,

「キュウリモミなどにして食べます。…胡瓜揉みは,薄く刻んで塩で揉み,三杯酢に浸したものをいいます。」

とある。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95


posted by Toshi at 04:35| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください