2018年04月20日

モモ


「モモ」(漢音トウ,呉音ドウ)は,

桃,

と当てるが,「桃」の字は,

「兆(チョウ)は,ぱんと左右に二つに離れるさま。桃は『木+音符兆』で,その実が二つに割れる桃の木」

とある(『漢字源』)。


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https://okjiten.jp/kanji308.html による)

https://okjiten.jp/kanji308.html

は,

「『大地を覆う木』の象形と「うらないの時に亀の甲羅に現れる割れ目」の象形(『前ぶれ』の意味だが、ここでは、『2つに割れる』の意味)から、2つにきれいに割れる木の実、『もも』を意味する「桃」という漢字が成り立ちました。」

としている。「二つに割れる」というのが印象深い。漢名は,仙果,仙木,仙桃,金桃,仙果花,洞中仙,瓶子桃,仙人桃等々あり,古名は,

「三千年草(ちとせぐさ),三千代草,御酒古(みきふる)草。また,毛桃とも呼ばれたが,これは果実が大きく毛があったからである。油桃(あぶらもも)というのは赤くて油を塗ったようだというのでこの名がある。これをズバイモモともいう。」(『たべもの語源辞典』)

とある。さらに,

「弥生時代の遺跡からモモの果核が出土するのでコダイモモ(古代桃)が日本に自生していたという。また,牧野富太郎『新日本植物図鑑』によると『日本では丸くて中のかたいものをモモといい,今日のヤマモモを単にモモといっていたのに対して,大陸から本種が入り,それにとってかわったものであるとの説が最も妥当と考えられる』という。『古事記』には意富加牟豆美命(おほかむづみのみこと)という名を賜ったことが記されている。」(『たべもの語源辞典』)

とあり,ヤマモモから中国から入った桃(黄河上流域原産とか,北京付近原産とかといわれる)に入れ替わったということらしい。『広辞苑』に,

「古くから日本に栽培,邪気を払う力があるとされた」

とあるが,

「桃に魔除けの力があるという思想は,中国からきたものであろう。中国では桃を果実の王とした。十二月と二月の八日に枝を切って門口に立てる風習があるというが,桃符からきたものである。」

ということらしい。


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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%A2 より)

「モモ」語源は,『大言海』には,

『眞實(まみ)の轉,褒めて云ふかと云ふ。又,燃實(もえみ)の意かと云ふ。或は,實の多きにより百(もも)の義か。沖縄にて,ムム』

と三説載せる。和名抄には,

「桃子,毛毛」

と載るらしい。しかし,「モモ」の語源説は,すさまじい数がある。『日本語源大辞典』には,

マミ(真実)の轉(大言海),
実の赤いところからモエミ(燃実)の義(言葉の根しらべの=鈴木潔子・大言海),
赤いところからモミジ-ミ(実)の義(日本釈名・柴門和語類集),
カムミ(殕実)の義(日本語原学=林甕臣),
二拍目のモは実の義(桃の伝説=折口信夫),
実の多いところからモモ(百)に通ず(東雅・言葉の根しらべの=鈴木潔子・大言海),
実に毛のあるところからのモモ(毛毛)の義(滑稽雑誌所引和訓義解),
マロマロ(丸丸)の意(名語記),
モリモリの義,モリはモグの意(名言通),
モルモノ(盛物)の義(和句解),
『日本書紀』の記述から,モオフ(鬼遂)の義(言元梯),
果肉中に核があり,その中に仁のあるものの総称(東雅),
朝鮮語to-mo(桃毛)から,桃の毛には邪気を払う威力があるとされる(木の名の由来=深津正),

等々を載せるが,その他にも,

ウマミ(旨実)が語頭をおとしたマミはマメ(豆)になるとともに他方ではモモ(桃)に転音した(日本語の語源)
「旨uma,実mi」。母音uが落ち,mamiとなり,転じてmamo,momoと音韻変化した(日本語源広辞典)
「古くからモモは、民話『桃太郎』で子供が生まれたり、日本神話で悪魔払いに用いられる など、花や木よりも果実に重点が置かれており、実に意味があると考えられるため、『モ』 は『実』の転であろう。沢山成ることから『実』を強調した『実々(みみ)』を軸に、『百(もも)』にも通じる語と思われる。」(語源由来辞典)

等々,数えきれない。しかし,どうやら,『たべもの語源辞典』の言う,

「…方言から考えると,スモモをカタチモモ(山口県大島),カラモモ(長野県),桑の実をクワノモモ(静岡県),サクラの実をサクラボボ(千葉県),椿の実をアブラモモ(隠岐),タカシモモ(島根県),槇の実をサルモモ(山口県)。長野県上田地方では,アンズやウメをモモと呼んだ。また長野県南安曇野地方では,クリをクリモモといった。したがって,モモは,桃ではなく果物の意味に用いられていることがわかる。」

のが妥当のように思える。文字での表現を要しない会話では,その場で,何の果実のことを指しているかは,明確だからだ。

http://www.minpo.jp/pub/topics/time/2014/08/post_22.html

も,

「桃は木であり、きれいな花も咲くが、日本人は昔から果実にだけ注目し、強い関心を持っていたようだ。国文学者の鈴木棠三氏は桃について、『もとはモモに限らず赤らんだ木の実・草の実を一般にモモと呼んだらしく、その証拠にはいまも中国・四国以東の各地方で果実の総称がモモである』と述べている。
 確かに『日本方言大辞典』を見てみると、木や草の実、果実、果物を『モモ』と呼んでいる地域は、全国23府県にあり、『梨のもも』、『椿のもも』、『南天のもも』、『梅のもも』という用例もあるし、三重県には果物屋を『モモヤ』と呼んでいる地域もある。(中略)
 大昔の日本人は、身近な木の実や果実を、発音しやすい『モモ』や『モンモ』と呼んでいたのだろう。『モンモ』は本県のほか、茨城、栃木、埼玉、千葉、和歌山、島根でも使われている桃の方言である。」

とある。では,桃の「モモ」はどう呼んでいたのか。どうやら,

ケモモ,

であったらしい。『たべもの語源辞典』は,

「『万葉集』にはケモモ(毛桃)の歌が三種ある。『はしきやしわぎへの毛桃本しげく花のみ咲きてならざらめやも』(巻七),『わが宿の毛桃の下に月夜さししたなやましもうたてての頃』(巻十),『大和の室原(むろふ)の毛桃本繁く言ひてしものをならずば止まじ』(巻十一)などがあり万葉時代にはケモモが多く植えられていたことがわかる。…モモとという名称がつく果実には,スモモ(別名ソモモ)とかカラモモ(杏)などがある。モモは果実の意であったが,桃(ケモモ)が果実を代表した日本人の生活に密着してくると,昔,鬼の親方が桃の棒でなぐり殺されたので鬼共が桃を恐れるようになったという中国伝説から桃太郎伝説がつくられる。(中略)ケモモがモモとして独立したのは古い。桃をモモとよぶのは日本人のよび方であって渡来語ではない。」

と締めくくる。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

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