2018年04月26日

カゲロウ


蜻蛉は,

トンボ,

とも訓ませるが,

かげろう,

とも訓ませる。「カゲロウ」は,また,

蜉蝣,

とも当てる。

Haft.jpg



「とんぼ」の項,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/458977302.html?1524510911

で触れたが,「蜻」(漢音セイ,呉音ショウ)の字は,

「虫+音符靑(セイ きよらか,すずしい,すみきった)」

で,「蛉」(漢音レイ,呉音リョウ)の字は,

「虫+音符令(細くて清らか)」

で,「蜻蛉(セイレイ)」は,スッキリした形をしたトンボを指す。

「蜉」(漢音フ,呉音ブ)の字は,

「虫+音符孚(フ うかぶ)」

で,空中に浮遊する虫。「蝣」(漢音ユウ,呉音ユ)と組んで,「蜉蝣」で,「カゲロウ」を指す。

『広辞苑』には,

「飛ぶさまが陽炎(かげろう)のひらめくように見えるから」

と,「陽炎」との繋がりを示唆している。ただ,ややこしいのは,「カゲロウ」は,

トンボの古名,

でもあり,それで,「蜻蛉」の字を当てている,と見られる。「蜻蛉」と当てた「かげろふ」について,『大言海』は,

「カギロウの轉」

とし,「とんばうの古語」とする。「かぎろふ」(陽炎)の項では,

「カギロヒの轉」

とし,

「春の長閑なる日に,空中にチラチラと立上りて見ゆる気。イトユフ」

とある。「いとゆう(糸遊)」とは,「かげろう(陽炎)」の意味である。

「『遊子(ゆうし)』からか」

と,『広辞苑』にはある。『大言海』には,「いとゆふ」(陽炎)は「あそぶいと」(遊絲)と訓ませ,

「漢語の遊絲(ゆうし)の文字読みなり」

と,「陽炎の異称」とする。「かぎろひ」は,『大言海』は,

火光,

と当て(『広辞苑』は「陽炎」とも当て,『ちらちら光るもの』の意とする),

「爀霧(かがきらひ)の約轉ならむ(軋合ひ,きしろひ)。此語は,カゲロフと云ふ動詞の名詞形なるか。カゲロフと云ふ動詞あり,此轉なるべし」

とする。「かぎろひ」は,『岩波古語辞典』には,

「カガヨヒ・カグツチと同根。揺れて光る意。ヒは火」

とあり,「かがよひ」は,

「《カギロヒと同根》静止したものが,きらきらと光って揺れる」

意であり,「かぐつち」は,

「《カグはカガヨヒのカガと同根光のちらちらする意。ツは連体助詞。チは精霊》火の神。」

とあり,「かぎろひ」「かがよひ」は,

炎,
立ちのぼる水蒸気に光が当たり,光が複雑に屈折して揺らめいて見えるもの,陽炎,
あけぼのの光,

と,どちらから光のちらちらする物を広く意味している。「輝く」は,かつて「かかやく」と清音で,この語とは起源的に別(『岩波古語辞典』)とされ,「かがやく」と「かげろひ」とは区別されていたらしい。

かぎろひ・かがよい→かげろひ→かげろふ,

と転訛する中で,

光りがほのめく,
ぼんやりと姿が動く,
光りがかげになる,

と,ちらちらとする意が鮮明に分化されていくように見える。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/ka/kagerou.html

は,

「『万葉集』の「今さらに雪降らめやもかぎろひの燃ゆる春へとなり にしものを」の例があるように、かげろうを古くは「かぎろひ」と言った。 同じ『万葉集』の 柿本人麻呂の歌には、『東の野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月かたぶきぬ』とあり、ここでは明け方の東の空にさしはじめる光(太陽)』を意味している。『かきろひ』の『すかぎ』は、『きらきら光って揺れる』『ちらつく』を意味する『かがよう』の『かが』と同源で、『かげ(影)』や『仄かに光を出す』意味の『かぎる』も同源と考えられている。『かぎろひ』の『ひ』は『火』で,かげろうは揺れて光る炎に見立てた語と考えられる。」

と,陽炎の分化を説いている。

ところで,『岩波古語辞典』は,「かげろふ」の項で,

「カギロヒの転。ちらちらと光るものの意が原義。あるかなきかの,はかないものの比喩に多く使う」

とし,

ちらちらと立つ光,陽炎,
《羽根がキラキラと光るところから》とんぼの一種,

としている。ここで,いわゆる「カゲロウ」のイメージと重ねたくなるが,『岩波古語辞典』はこう指摘している。

「別に,朝生まれて夕方死ぬ虫とされていたヒヲムシ(蜉蝣)を当てる説もあるが,カゲロフとヒヲムシとは平安文学の中でくべつして使われている。また,蜘蛛のはく糸のかたまってただよう『いとゆう』とする説もあるが,それを平安時代カゲロフと呼んだ例はないようである。」

と。蜻蛉,蜉蝣と同じ字を当てているので,トンボを指しているのか,カゲロウを指しているのか,じつは区別がつかない。「カゲロウ」の語源にも,その混乱がある。

『大言海』は,「かぎろひ」について,

蜻蛉,

と当て,「かぎろひ」(火光)の,

「曙光(かぎろひ)の轉(鵠[くくい]を,コヒともコフとも云ふ)」

として,

「此蟲,常に日影を求めて。陽炎(カギロヒ)の如くとびひらめけば,カギロヒ蟲と云ひけむ。故に萬葉集に,陽炎に蜻火の字を当てたるあり。此語転じて,カゲロフとなりしと思ふ」

とし,意味は,

アキツ,
トンバウ,

とする。つまり,意味の説明は「カゲロウ」だが,意味は,トンボとなっている。因みに萬葉集にあるのは,

香切火,
蜻火,

で,陽炎を指す。ところが,「かげろふ」は,

蜉蝣,
白露蟲,

と当てて,

「命のはかなきを,陽炎の忽ち消ゆるが如きに譬えて云へる名なるべし」

として,

ヒヲムシ,
イサゴムシの羽化,
あさがお(カゲロウの古名),

と,完全に「かぎろひ→かげろふ」と,「陽炎」とダブらせて,「カゲロウ」の意味になっている。

どうやら,陽炎が分化し,イメージが明確になるにつれて,「ヒラムシ」類に,その儚いイメージを重ねていったらしく,「カゲロウ」の語源は,陽炎に重なっていく。もともとは,

飛ぶさまが陽炎のようにひらめくところから,

であっのだから,「蜻蛉」は,トンボ一般を指したに違いない。しかし,

かぎろひ→かげろふ,

と,光のキラキラする意から,微妙なたゆたいを見せるひかりの揺れ動くさま,に分化していくことで,そのもつイメージから,トンボ一般(カゲロウはトンボの古名でもある)から,カゲロウ(蜉蝣)へと焦点が絞られたように見える。『日本語源広辞典』の説が,なかなか象徴的である。

「翔ケロフと陽炎の混淆」

ゆらゆら飛ぶ幻影のような蜻蛉。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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