2018年05月18日
ほとり
「ほとり」は,
辺,
畔,
と当てる。しかし,「辺」は,
あたり,
とも訓ませる。「あたり」と「ほとり」の違いが気になった。「邊(辺)」の字は,
「邊の右側の字(臱 ヘン・メン)は,『自(鼻)+両側にわかれる印+方(両側に張り出る)』の会意文字で,鼻の両わきに出た鼻ぶたのはしを表す。邊はそれを音符とし,辶(歩く)を加えた字で,いきづまる果てまで歩いて行ったその端を表す。辺は宋・元の頃以来の略字。」
とある。「辺」の含意は,果て,らしい。
「ほとり」は,『広辞苑』によれば,
ほど近い所,
水際,岸,
都から遠く離れた所,かたいなか,
とある。この意味の幅はかなり主観的だ。『岩波古語辞典』は「ほとり」の項で,
「ホトはハタ(端)の母音交替形。リは方向をいう接尾語」
とある。「はた(端)」は,
「内側に物・水などを入れてたたえているものの外側。へり」
とある。「ほとり」意味は,
涯,辺際,
境目の所,
そばにいる人,
縁故あるもののはしくれ,
とある。後者二つは,「はて」「際」からのメタファと見ると,
何かの端,
を指している,と見ることができる。ある場合は,「水辺」のように,
水の端,
であり,ある場合は,「都の涯」というように,
片田舎,
になる。あくまで,その人にとっての境界域の縁,ということになる。『大言海』には,
「端(はた)と通じるか」
として,
程近き処,
あたり,
そば,
という意味しか載せない。では,「あたり」はどうか。『広辞苑』には,
基準または着目する物に近い範囲,
およその目安をあげて所・時・数量,時には事物を示す語,
とある。『岩波古語辞典』には,
「動詞アタリ(当)と同根。見当をつけた場所の意。上代には,自分の家,妻の家などを遠くから見当をつけていう場合に多く使う。平安時代には,人を婉曲に指すのにも使う。類義語ヘ(辺)は,はずれた所,はしの所の意。ホトリは山や水のそばをいい,ワタリは『六条わたり』など,地名を承けて漠然と広い地域を言う」
とある。『大言海』も,
「其処に当たりの義。当所の義」
とある。どうやら,主体にとって,自分の家のように明確な一ヵ所を,外から「あたり」というのに対して,「ほとり」は,逆に内(主体)から外に向かって,何かを指す,という感じのようである。「あたり」は点なのに対して,「ほとり」は面を指している,という含意もある。『日本語源大辞典』が,
「『あたり』が,基準となる場所も含めて付近一帯を指すのに対して,『ほとり』は,基準になるもののはずれ,ないし,その近辺を指している。」
とするのも,近い語感である。これは,「あたり」の語源と関わっていると思う。
『日本語源広辞典』は,「あたり」は,
「空間的な『当り』です。おおよその目あてとする場所」
とし,『日本語源大辞典』も,
アタリ(当)と同根(小学館古語大辞典・岩波古語辞典),
ソコ(其処)ニ-アタリ(当)の意。当所の意(花鳥余情・和訓栞・大言海),
と,当該の目標がはっきりしている含意が強い。『日本語源大辞典』に,
「平安時代までは『わたり』とほぼ同じ意味に使われている」
とするが,「六条わたり」と地名につく,という意味で,目標ポイントが狭く限定されていることをよく示す。
それに対して,「ほとり」は,『日本語源広辞典』は,
「ホト(ハタ・端・辺・傍・側)+リ(接尾語)」
とし,『日本語源大辞典』は,
ホトはハタ(端)の転か(国語の語根とその分類=大島正健),
ホカトホリ(外通)の義(名言通),
ヘワタリの略転(松屋筆記),
と,主体から距離を示している感じが強い。逆に言うと,「ほとり」は客観的な縁ではなく,あくまで主観的な縁感覚ということだが。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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