2018年05月24日

のぼり


「のぼり」は,

幟,

と当てる。『広辞苑』には,

昇り旗の略,

とある。「旗」については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/455661837.html

で触れた。『大言海』は,

「風にはためくものか,或は云ふ,繒(はた)を用ゐれば云ふか」

とし,

はたはた,

という擬音語と,「繒(はた ソウ)」,「帛,つまり絹布からとしている。『魏志倭人伝』で,倭の難升米に黄幢を帯方郡に託して授けた「黄幢」は帛であった可能性が高い。それは,旗ではなく吹き流しのような形状だったと考えられている。「はた」の語源として捨てがたい。『日本大百科全書(ニッポニカ)』に,

「おもに縦長で、上辺の旗上(はたがみ)を竿(さお)に結ぶ流旗(ながればた)、鉾(ほこ)などにつけた比領(ひれ)という小旗などが古い形式である。のちに上辺と縦の一辺を竿につける、やはり縦長の幟旗(のぼりばた)とよばれる形が現れ、さらに正方形に近い形など、さまざまな種類も生じた。」

とあるように,「のぼり」(幟旗)は,「旗」の延長線上にある。

「幟」(シ)の字は,

「右側の字(音 ショク)の原字は,Y型のくいを立てて,目印とすることを示す。のち音印を加え,ことばで目じるしをつけること。つまり『識』の意を表した。幟はそれを音符とし,巾(ぬの)を加えた字で,布のめじるし」

とある。「目印のために立てる旗」を意味し,「旗幟」といった使い方をする。同じような意味の字で,「幡」「幢」がある。「幡」(漢音ハン,呉音ホン)は,

「番は播(ハ)の原字で,田に種をまきちらすこと。返・版・片などに通じて,平らに薄く,ひらひらとする意を含む。幡は『巾+音符番』で,薄く平らで,ひるがえる布のはたのこと。翻ときわめて近い」

とあり,「色のついた布に字や模様を書いて垂らしたはた」の意だが,「幡然」と言うように,ひらひらとひるがえるさま」の意である。「幢」(漢音トウ,呉音ドウ)は,

「『巾(ぬの)+音符童(突きぬく,筒型)』で,筒型の幕のこと。また中空で,筒型をしたものがゆらゆらと揺れるさま」

とあり,『魏志倭人伝』の「黄幢」はこれである。「旗」には違いないが,「絹の幕で筒型に包んで垂らした飾り」とあり,朝廷の儀仗や行列の飾りに用いる,とある。「羽葆幢」(うほどう)という。

Sekigahara_Kassen_Byōbu-zu_(Gifu_History_Museum).jpg

(岐阜市歴史博物館蔵収蔵『関ヶ原合戦屏風』(江戸時代後期) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%9Fより)


さて,「のぼり」であるが,もともとは,

「平安時代以来、武士たちは軍容を誇示したり、自軍と敵軍との識別をおこなうために、長い布の短辺に木を通して紐で吊り上げて風になびかせる、丈の高い流れ旗を軍団の象徴として掲げた。」

が,それに,

「布地の長辺の一方と上辺のあわせてふたつの辺を旗竿に結びつけることで流れ旗との識別を容易にした幟が発案され、全国の武家へと徐々に広まっていった」

とされる。「のぼり」は、旗の形式のひとつ,で,

長辺の一方と上辺を竿にくくりつけたもの,

を指す(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%9F)。で,

「綿もしくは絹の織物を用いた。布の寸法は由来となった流れ旗に準じ、高さを1丈2尺(約3m60cm)、幅を二幅(約76cm)前後が標準的であった。このほか、馬印や纏に用いられる四方(しほう)と呼ばれるほぼ正方形の幟や、四半(しはん)と呼ばれる縦横比が3対2の比率(四方の縦半分ともされる)の幟が定型化する。(中略)また旗竿への留め方によって、乳(ち)と呼ばれる布製の筒によって竿に固定する乳付旗(ちつきばた)と、旗竿への接合部分を袋縫いにして竿に直接縫い付けることによって堅牢性を増した縫含旗(ぬいふくめばた)に区別できる。旗竿は千段巻と呼ばれる紐を巻いた漆塗りの樫材や竹を用い、幟の形態に応じて全体をトの字型あるいはΓ字をにした形状にして布を通した。」(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%9F

とある。しかし,「のぼり」は,

「乳付旗(ちつきばた)

と,限定されることが多いようだ(『旗指物』)。『軍用記』(伊勢貞丈)に,

「乳付旗のこと。のぼりともいう。これは東山殿(足利義政)御代,康生二年畠山左衛門督政長,はじめて旗に,乳を付け候いけるにより起こるなり。旗の長さは前のごとし。乳数は上の横五ツ,五行にかたどる。縦は十二なり。十二月,または十二支をかたどるなり。」

とある。もっとも乳数はいろいろのようだが。

img085.jpg

(一番右が,信長の馬印(乳付旗)。『旗指物』より。)


竿に止めるための筒状の布部分を「乳」(ち)と呼ぶ謂れは,

http://www.callmyname-rec.com/archives/28.html

に,

「一説によれば『犬の乳首の様に行儀よく並んでいるため』であることから」

とあるが,『広辞苑』は,単純に,

「形が乳首に似ているところから」

としているし,『岩波古語辞典』も,同趣旨で,さらに,「のぼり」だけではなく,

幕・わらじ・蚊帳などの縁につけた小さな輪。綱・紐などを通すためのもの,みみ,
釣鐘の表面に並んでいるいぼ状の突起,

とし,『大言海』は,

「手(テ)の転」

とする。恐らく,こうしたものに付いた名を「のぼり」にも転用したものと見ることができる。

さて,「のぼり」の語源であるが,『大言海』は,

「昇旗(のぼりはた)の略。乳に竹を通して,順に昇るより云ふ」

とある(本朝軍器考・蒼梧随筆・和訓栞)。もう一説は,

「旗が風に吹き上げられて竿を伝ってのぼるところからか」(古今要覧稿)

である。「うなぎのぼり」

http://ppnetwork.seesaa.net/article/455555716.html

の項で触れたが,『岩波古語辞典』に,

鰻幟,

の字を当て,

「近世,端午の節句に揚げた,ウナギのように長くなびくようにつくった紙幟」

とある。用例に,

「釣竿と見ゆるは鰻幟かな」(俳・口真似草)

とある。「うなぎのぼり」も,「のぼり」つまり「乳付旗」は決して下がらない,ところから来ていると思われる。その意味では,『広辞苑』の,

昇り旗,

も同趣の考えである(『日本語源広辞典』も,「ノボリ+旗」とする)。武将たちが「馬印」に,旗印に,「のぼり」を使った意味がわかる気がする。「のぼり」は,けっして下がらない。風に吹かれても,上に巻き上がるばかりである。

参考文献;
高橋賢一『旗指物』(人物往来社)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:のぼり 幟旗
【関連する記事】
posted by Toshi at 04:16| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください