2018年05月29日
ら
「ら」は,
等,
と当てる接尾語「ら」である。「等」は,
とう,
とも,
など,
とも訓ませるが,少し意味が変わる気がする。由来を異にするかもしれない。ここでは,「ら」を考えてみる。
「等」(トウ)の字は,
「『竹+音符寺』で,もと竹の節,または,竹簡の長さが等しく揃ったこと,転じて,同じものを揃えて順序を整える意となった。寺の意味(役所 ジ・シ)は直接の関係はない。」
で,「ひとしい」「ひとしくそろえる」という意味だが,助詞として,「ほかにも同じものがあることをあらわすことば」とあり,和語「ら」に当てた意味がある。
https://okjiten.jp/kanji532.html
には,
「形声文字です(竹+寺)。『竹』の象形(『竹簡-竹で出来た札』の意味)と『植物の芽生えの象形(「止」に通じ、「とどまる」の意味)と親指で脈を測る右手の象形』(役人がとどまる『役所』の意味)から、役人が書籍を整理するを意味し、それが転じて(派生して・新しい意味が分かれ出て)、『ひとしい』を意味する『等』という漢字が成り立ちました。」
とある。「ら」には,多様な意味があるが,『岩波古語辞典』は,
①擬態語・形容詞語幹などを承けて,その状態を表す(「やはわ[擬態語やは+ら]」「さかしら」[形容詞賢し+ら]),
②代名詞を承けて,場所・方向の意を表す(「いづら」「あちら」「こちら」),
③複数を示す。尊敬を含まず,人を見下げたり,卑下したりする感じで使うことが多い(「私ら」「憶良ら」),
④事物を複数形で表現して婉曲に言う(「君ら」「者ら」)
とあるが,人を表す名詞や代名詞などに付く場合,卑下や謙遜以外,
子ら,
のように,親愛の意を表す表現にも使う。
この「ら」について,『大言海』は,
羣(むら)の略と云ふ,
とある。「羣」(漢音グン,呉音クン)は,「群」の異体字である。
「君(クン)は『口+音符伊(イン)』からなり,丸くまとめる意を含む。群は,『羊+音符君』で,羊がまるくまとまってむれをなすこと」
である。「羣れ」は,だから,
むれをなすこと,
なかま,
である。「むれ」は,
村と同源,
ともされるから,「複数」という含意があるのだが,『日本語源広辞典』には,
「語調を整える」
とある。
「我等」
「僕等」
「子ら」
「(山上)憶良ら」
という時,複数とか謙譲とかという含意とは別に,語調を整える,という趣旨が強いことはある。「群れ」から転訛したのだとすると,確かに背景に同じものがいる(ある)ことを示す意図はあるが,それが背景に引っ込んで,その文脈の中で,
あちら,
というとき,「あっち」というだけではなく,「あっちの方面」とちょっと曖昧化する含意がある。それは,現代語でも,
とか,
というのが,単なる「例示」「など」の含意とは別に,ニュアンスをぼかすところがあるのと似ていると言えば言えるのだろう。『広辞苑』には,「とか」について,
「『と』も『か』も並立を表す」
とあり,
例示,
等,
の意味だが,
…という,
といったあいまいさを表現する含意があり,それが,今日一層強まっていると言える。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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